CW: #スーパー偉業のドーベルさん ドーベルさんと、店頭のiPhone
買い物っていうのは信頼のやり取りであって、騙し合いではないのだけれど、そのあたり、最近になって曖昧になっているのか、それとも本当は昔からそうだったのか――そんなことを、ショッピングモール「スーパー偉業」で警備員として勤めながら、ヨハン・ドーベルは思ったりする。
Misskey.ioの中心街と同じく翠色の空と真珠色の太陽を背にして、.ioのサーバーの街の郊外、野原の緑の鮮やかな丘陵に巨きく建ったスーパー偉業は、生鮮食品や生活雑貨はもちろん、家電や家具、衣料品や玩具・ゲームの売り場、フードコートにゲームセンター、ペットショップまで揃えた、.ioの街のミスキストの生活には無くてはならない場所である。
スーパー偉業で働くスタッフの中にはもちろん警備員もおり、彼らのための警備員室もある。監視カメラの映像が壁に設置された大型モニターに分割画面で時々刻々と映し出され、待機の警備員はいつでも緊急事態に出動できるように準備している。
悲しいかな、ショッピングモールなのでトラブルがあり、そのために警備員がいる。しかしそれでもMisskey.ioはドーベルにとって、現実世界よりはまだ居心地がよく、なぜなら自分の好きな姿――ドーベルマンの獣人の姿――で、警備員という自分のキャリアと地続きの暮らしができるのが、ありがたかった。
「盗ったもの、ここに出して」
警備員室の中央に置かれたテーブルを挟んで、ドーベルと向かい合わせで座っている、青髪でウサミミの少年。少年は不服そうな面持ちでパーカーのポケットをまさぐると、重々しく「盗ったもの」をテーブルの上に置く。それは最新のiPhoneだった。店頭ディスプレイのためのスタンドの部品が背面に貼り付いていることから、展示品であったことが分かる。
「なんで盗ったの」
タブレットPCに表示された調書のフォームにキーボードで入力しながらドーベルが訊くと、ウサミミの少年は唇を尖らせながら言う。
「iPhone、高くなるっていうから。もっと高くなったらもう買えないと思ったから」
その言葉に、思わずドーベルはため息を吐く。
「高くなるって話はアメリカ国内のことだろう」
「分かんないよ? 日本でも高くなるかもしんないじゃん」
少年にそう言われて、ドーベルは否定することができなかった。たしかに、分からないのだ、いまの世界の情勢がこの先どうなるか。ドーベル自身が不勉強であるのは認めざるを得ないと彼自身も思っているが、専門家の話をインターネットで調べても「先行不透明」と書いてあるか、もしくは詐欺師めいたアカウントの「必勝法」ばかりであった。
それでも、ドーベルは自分の至らなさを横に置いて説教できるくらいには大人だった。ドーベルはウサミミの少年に向かって言う。
「だからと言って店のもの盗っていいわけではないことぐらい、分かるだろう」
「ここはMisskey.ioのサーバーの中なんでしょ、バーチャル空間の窃盗ぐらい許してよ」
「Fediverseはバーチャル空間であってもゲームの中じゃない。現実世界と地続き、悪いことは悪いことだ。君だってFediverseではiPhoneをチートコードで入手できないことが分かっているからこうやって展示品を万引きしようとした、そうじゃないのか?」
ドーベルが問い詰めると、ウサミミの少年は目を逸らしてニヤリと笑ったあと、テーブルに頬杖をついて、流し目でドーベルに訊いてくる。
「ねえ、警備員さん。警備員さんが子供のころのインターネットは今みたいに窮屈じゃなくて、自由だったんでしょ?」
その質問にも、ドーベルは表情を崩さない。
「自由ってのがなにを指してるのか知らんが、犯罪が許されていたわけではないな」
ドーベルの言葉に、ウサミミの少年は鼻で嗤って、椅子の背に深くもたれる。
「.ioはまだマシだっていうけど、やっぱり窮屈だよ、センシティブ判定とか、リアクション制限とか、政治宗教ネタに厳しいとか。もっと自由な発言と活動が許されていたころのインターネットがある時代に生まれたかった」
「Xにでも行けばいい」
「Xはいいよ、別にケンカしたいわけじゃないし」
顔をしかめるウサミミの少年に、ドーベルはマズルから牙をむきだしながら、少年を睨んだ。
「自分のわがままにつき合ってくれる都合のいいインターンネット空間が欲しかったと言っているように聞こえるな。そんなものはこの世に一度でも生まれたことはなかったと思うぜ、諦めな」
そう言って睨んだドーベルの光のない瞳は、前線から撤退した兵士のそれであった。洞穴に吸い込まれるような視線に凝視され、ウサミミの少年は姿勢を正して椅子に座り直す。
「……でもさ、じゃあさ、これからのインターネットはどうなるかな? 未来のインターネット。もっと窮屈になる? それともインターネット、無くなる?」
怯んだ表情を見せながらも諦めずに訊いてくる少年の問いに、ドーベルのタイピングが止まる。
未来が分からない、なにもかも。明るい未来を示すことも、暗い未来に道標の明かりを灯すことも出来ない自分が、ドーベルは堪らなく情けなかった。だから妻だった人は自分を捨てたのだろうか、息子はいつも自分の前で苛立つのだろうか――。
「分からん。ごめんな、教えてあげられなくてな」
ドーベルは自分の引け目を取り繕うことができなかった。思わぬ反応に、ウサミミの少年は爆笑してしまう。
「アハハ! おっさん! な~に謝ってんのカッコ悪!」
そこに、ライオンの顔に警備の制帽を被った男が、警備員室のドアを開けて入ってくる。ドーベルの部下であるライオン系獣人の澤部は、背後に青髪でウサミミを生やした妙齢の女性を従えて入って来た。
「ドーベルさん、親御さんいらっしゃいました」
「あんた! ツイッターの変なのみたいなので、なにやってんの!」
女性が一喝すると、少年は頭を抱えて身を低くし、テーブルの下に隠れてしまった。その様子を見てもドーベルは、キーボードを打つ手をまだ動かせずにいた。自分が親であることに失敗したことを思って、まるで石像にでもなったようだった。
ショッピングモール「スーパー偉業」では様々な商品を販売している。村上さん印のミルクココアもある、藍ちゃんなりきりコスプレセットもある、しゅいろさんお墨付きの焼き立てピザも売っている。
だけど、未来に関しては、ほんの数秒後であってさえ、いまだに取り扱いが無い。
#フェディバーシティ・コネクション #スーパー偉業のドーベルさん #MisskeyWorld
❤ 1





















