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CW: 【再掲】#カフェテラスMisskeyio 私と、世の中の「些細なこと」の話

 私たちは、ほんとうに一瞬で死んでしまう。突然の自然災害に、不意の交通事故に、給食のアレルギー成分に、理不尽な暴力に。それだけではない、不遇ゆえに自分を死に追いやってしまうことだってたくさんある。受験の失敗に、失恋の痛手に、過酷なハラスメントに、言葉を交わしたことのない推しの自死に際しても。

 ただ、軽々と命を落としてしまう人生の裏側には、些細なことで救われ続けている命という人生の真理がある。晴れ渡った朝の瑞々しい空気に、道端で咲いたよく知らない花の息吹に、雨が降りしきって空席ができた電車内に、もう続編を諦めていた推しの新作に。

 いつだって命からがら、私たちは辛うじて生きていて、それは奇跡のような偶然を綱渡りしている結果なのだということ。貴方がいま目の当たりにしているタイムラインの投稿の数々も、ひと一人の命を奪うほどの力を持つ一方で、挨拶の一言で貴方を救っていたりするはずだ。

 Misskey.ioのローカルタイムラインの表通りには今日もミスキストたちがひしめきあって、各々の手のひらから〈泣きながら応援するブロブ〉〈にゃんぷっぷーのハグ〉〈ひたすらに撫でる手〉などのカスタム絵文字のリアクションを投げ合って「電子の抱擁」をやり取りしている。それはとても愛おしい光景、率直な慈愛に満ちた光景。

 表通りに面したカフェテラスで、私はいつものようにカフェオレをテーブルに放ったまま、ローカルタイムラインの騒がしいやり取りを椅子の背にもたれながら眺めている。春の変わりやすい天気を気にしながらも、翠色の空で輝く真珠色の太陽が雲に隠れたり再び現れたりするのを、子供っぽく楽しみにしている。

 Misskeyのリアクションという文化は、慈愛と呼ぶにしては軽々しいだろうか、と時々不安に駆られる。しかし、誤解と偏見が交じり合う世界で、人に優しさを施すのが難しい世の中において、リアクションほど気軽に出来る慈愛の表現は、私にとってはありがたいのだった。

「小林?」

 後ろから呼びかけられて私は振り向く。そこには、グリーンが鮮やかなボディコンシャスのワンピースも麗しく、ブラウンのショートボブに丸眼鏡の女性が、すこし不安そうな表情で立っていた。

「ああ、こんにちは、ミスキーガール」

 私が勝手に呼び始めた「ミスキーガール」という名前を、彼女も今ではすっかり受け入れていて、いつものことのように私のテーブルの向かいの席に座り、カフェオレを注文する。それでもしばらく、ミスキーガールは私の顔を訝しげにのぞき込む。

「どうしたの、私、そんな変な顔してる?」

 長い鼻と頭の先にイエローの玉をくっつけた、耳の長いグリーンの肌のエイリアン然としている自覚はあるが、そんなことは以前からミスキーガールも承知済みだし、彼女の疑念はそれではないことぐらい私にも分かっていた。

「なんか、この世の終わりみたいな顔してる」

 眉間に皺を寄せながら、ミスキーガールは私にそう告げた。なんだか図星めいていて、私は苦笑いしながらため息を吐く。

「ぜんぜん創作活動できなくってね、文字も絵も」

 そう、私のテーブルにはカフェオレ以外にも、キーボードを開いたタブレットが放り出されている。画面に映し出されたテキストエディタのカーソルは、ひと言も書き込まずに点滅している。ミスキーガールは運ばれてきたカフェオレをひと口、すこし首を傾げて私に尋ねる。

「アイデアが浮かばないの?」

「そもそものモチベーションが下がり切っている。どうしたもんかな」

 私がそう言って冷めたカフェオレをすすると、ミスキーガールは呆れたふうにして、自分の丸眼鏡のブリッジを指で、クイクイ、と押し上げた。

「老眼鏡、どうしたの?」

 言われて私は、ああ、と思い出す。

「最近かけてないな、そういえば」

「かけれって、なにやってんの」

 ミスキーガールの語気が低く唸る、私は少し怯んで、慌てて隣の椅子に下ろしていたショルダーバッグを引き寄せる。

「なるほどなるほど、かけましょう」

 ショルダーバッグのファスナーを開く。バッグの奥深くに押しやられた眼鏡ケースを探り出し、私は老眼鏡を取り出して、ため息を吐く。

「見た目のジジイに加速がかかるんよな」

 私の言葉に、ミスキーガールは鼻で嗤う。

「いまさらだろ。ほらかけて」

 言われるままに、私は老眼鏡をかけて、タブレットとキーボードを目の前に引き寄せる。

「そう、それでもう一度、集中」

 ミスキーガールは腕組みして私をじっと見つめる。彼女の視線のもとで、私はテキストエディタのカーソルに集中する。老眼鏡によって輪郭が際立ったタブレットの画面、遠ざかったローカルタイムラインの表通りの風景、それでも確実に感じられる、Misskey.ioの街の鼓動。

 キーボードが再びタイプ音を刻み始める。私は文字を組み立てていく。厳しい表情で腕組みしていたミスキーガールは、次第に姿勢を崩して、頬杖をついて穏やかな顔吐くになっていく。

 そうやって、Misskey.ioの街のカフェテラスに射す陽射しは徐々に傾いて、西の空に夕焼けが広がっていくのだった。

 Misskeyがあるからここにいる、Misskeyがあったから生きていられた。私を生かしてくれていたのはかつてTwitterだったかもしれないけれど、Twitterはもうない。TwitterがXになったことは誰かにとっては些細なことかもしれないけれど、私にとっては命にかかわることだった。それも今や昔の話、いまはここ、Misskeyにいる。

私たちはいまこの瞬間も命を救われている。些細なことの積み重なりで生きている。
#カフェテラスMisskeyio #フェディバーシティ・コネクション #MisskeyWorld

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CW: 【再掲】#カフェテラスMisskeyio 私と、リアクションシューティングガールと、令和の梅雨の話

 Misskey.ioのローカルタイムラインの表通りは6月のじっとりとした曇り空の下、今日もミス廃たちの日々がつぶやかれたノートが車道を走り、それに向かって歩道のミスキストたちが思い思いのカスタム絵文字を投げ込んでリアクションを楽しんでいた。

 一方で、.ioのローカルの歩道には必ずと言っていいほど意気消沈したミスキストがいる──それはSNSの常のこと──けれど、そんな寂しそうなひとを、放っておけないミス廃もここにいて。

 表通りに面したカフェテラスのテーブル席から、ローカルタイムラインを見渡しているピンク髪の少女。アシンメトリーのツインテールにフリルが豊かな地雷系の装いで、しかし足元のブーツはウエスタン風味が混じり、腰の太いベルトの両脇にはホルスターに差さった2挺の虹色のリボルバーが艶めいていた。
 
 ピンク髪の少女はすっと椅子から立ち上がると、リボルバーの1挺を抜いて表通りに向かって発射した。乾いた破裂音が響いたが、それは人を殺める銃ではなく、カスタム絵文字を発射してリアクションを誰より速く相手に届けるための「抱擁の銃」だった。

 銃口の向こうで身を捻ったのは分厚いメガネの、本当にカスタム絵文字みたいなオタク青年だった。青年はリアクションした主に気づくと、少女に向かって控えめに手を振った。ピンク髪の少女はサムズアップで応えて、満足げに椅子に座った。

「お見事、雑賀朔センセ」

 テーブルの向かいに座っていた私が軽く拍手すると、雑賀朔と呼ばれたピンク髪の少女はリボルバーをホルスターに仕舞いながら、八重歯を見せて微笑む。

「おうよ任せとき」
 
 こうやって雑賀朔はミスキストたちの心の傷を清潔な布で庇うようにしてカスタム絵文字の弾丸を打ち込んで、リアクションという電子の抱擁で優しく包み込むひとなのだった。

「うー、寒いんだか暑いんだかわかんないねしかし」

 テーブルのアイスココアも、雑賀朔の額も汗ばんでいたが、気温は夏日に達しておらず、しかしひたすら湿度が高かった。

「久しぶりに梅雨寒らしい梅雨寒なんだよな」

 私が言うと、雑賀朔は三白眼をいっそう見開いて驚いてみせる。

「小林おじさんの若い頃っていっつもこんな感じだったの? 梅雨」

「そうだよ、紫陽花は雨に濡れているのが当たり前だった」

 私がそう言うと、雑賀朔は鼻で笑う。

「くっさ。わたしたち生まれた頃にはもう地球温暖化済だったので知らんかった」

 唐突に突きつけられた相手の若さに私は動揺してしまいそうになる。私がこの子と同じくらいのころはどんな風だったろうかと思いめぐらせながら、私は雑賀朔に訊く。

「若いなあ、来年が受験?」

「そうです」

 私の問いに、雑賀朔はアイスココアをストローで一口、そして頷いてみせる。

「嫌なら答えなくてもいいけど、勉強のほうはいかがですか?」

 デリカシーの境目を気にして敬語になりながら訊くと、雑賀朔は何のためらいもなく答える。

「勉強は嫌いじゃないから、今まで通りちゃんとやってれば大丈夫だと思う。あとは自分の体調とかメンタルとか」

「おお、すばらしい」

 思わず私が感嘆を漏らしながらそう言うと、雑賀朔は少し首を傾げ気味に、虚空を見上げて続けた。

「たぶん、受験当日はお母さんもおばあちゃんとショートステイしてくれると思う、そのはず」

 そのとき、湿った風が強く吹いて、テラス席のテーブルのグラスやカップを波立たせ、私と雑賀朔は少し黙ったりした。

「大変だな」

 私が言葉を絞り出すと、雑賀朔はニッコリ八重歯を見せて笑って、またアイスココアを一口飲んだ。

「うん、大変。でもわたしおばあちゃん好きだから」

「みんなから言われてるだろうけど、偉いな」

 私が感心しながら呟いた言葉に、雑賀朔は口元を歪めて返す。

「偉業って言いなよ、ここMisskeyなんだから」

 そういえばそうだなと気付かされ、私は両手を合わせて握り込むと、両の掌のなかでカスタム絵文字をこねはじめた。そして出来上がった「極めて偉業」のカスタム絵文字を、目の前の雑賀朔に放った。

「受け取れっ」

 私のリアクションを雑賀朔は胸元で受け取って、両手で抱くように身体に染み渡らせると、穏やかな微笑みでギャルピースしてみせた。

「イエーイ」

 ローカルタイムラインの表通りの空は、暗い雲がいっそう分厚くなっていまにも降り出しそうなのに、そんな様子だけを見せながらまだ雨にはならずにいた。

「将来の夢とか訊いていい?」

 私がそう訊くと、雑賀朔は椅子の背にもたれて伸びをするように暗い空を見上げた。

「なんだろ、介護とか、看護とか?」

 そう言った途端、素早い動きでテーブルに身を屈めて、頬杖を突きながら私をじっと見据えて、雑賀朔は言った。

「まあ、普段は色んなところでそう言ってるけどさ、わたしだって、なんか、かっこいい夢、追いたいですよ。でも周りは色んなことが厳しいって言うし、世界のニュースは厳しいっていうし、戦争おわんないし、そういうの突っぱねてまでやりたいこと、見つかんないし」

 小刻みに身を揺すりながら言う雑賀朔に、私は精一杯の励ましを試みる。

「『まだ』見つかってないだけだよ。焦ることないよ。なんにも成し遂げてない大人が言うのもあれだけど」

 その言葉を聞いて、雑賀朔は眉間にギュッと皺を寄せて。三白眼で鋭く睨んだ。

「そういうふうに、優しい言葉かけてくれるひと、最後に必ず卑屈な言い訳で自分を下げるから、嫌いです」

 言った途端、雑賀朔は唇を震わせて、私から目を背けた。

「ごめんなさい、本当にごめんなさい」

「いいよ。大丈夫」

 私は努めて平然を装ったけれど、反論は思いつかなかった。雑賀朔の指摘は私個人には鋭い事実だし、むしろ、そんな言葉を導いてしまった私の失態だとさえ思った──この負い目さえ、雑賀朔には惨めに映るのかも知れないけれど。

 私は思い立って、また両手を合わせて揉み込む。練り上げたカスタム絵文字は、「いつもありがとう」。それを優しくテーブル越しに放ると、耳元から首筋の辺りでリアクションを吸収した雑賀朔に、私は言う。

「私の話し相手になってくれて、本当に、いつもありがとう」

 それを聞いてこちらを振り向いた雑賀朔はバツが悪そうに笑ったあと、右のホルスターから虹色のリボルバーを抜いて、私の目前で発射する。

 パカーン! と、「どいたま」のリアクションを脳天に打ち込まれて椅子から転げ落ちた私がニヤニヤと見上げてみせると、雑賀朔は破顔して叫んだ。

「お互いさまァ!」

 そのとき丁度、ローカルタイムラインの表通りに晴れ間が差し込んで、湿った空気を吹き飛ばすような爽やかな風がカフェテラスのテーブルの数々をすり抜けていった。
#カフェテラスMisskeyio #フェディバーシティ・コネクション #リアクションシューティングガール #MisskeyWorld

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CW: #カフェテラスMisskeyio  私と、凡百ちゃんと、よくあるいじめの話

 今か今かと梅雨明けを待ち続ける7月のFediverseの大地では、それぞれのサーバーの街のタイムラインに体温調節と着回しコーデと体調不良の投稿が溢れるほどだった。Misskey.ioのローカルタイムラインの表通りでも、にわか雨が止んでは降ってを繰り返し、歩道を行くミスキストたちのビニール傘がコンビニの店先で忘れ去られたり持ち去られたりした。

 表通りに面したカフェテラスの屋外テラス席はそれぞれのテーブルにパラソルが差さっているが、重力を軽視した霧雨にテーブルも椅子もすぐに濡れてしまい利用客はほとんどおらず、みな屋内のカウンターやボックス席で湿った曇り空をやり過ごしているのだった。

 そのボックス席の一画で、私はホットコーヒーを冷ましながら、目の前の少女が「スイーツ」を手製してくれるのを待っていた。

 少女の手には持ち手の付いたボウルとハンドミキサーが握られていた。スマイリーの絵文字が大量にあしらわれたイエローとグリーンのアグリーセーターをワンピースのように纏って、太腿が露わな脚先には厚底のスニーカー、銀髪に被ったコック帽もイエローとグリーンで統一されて、彼女のルーツが見える濃い褐色の肌を鮮やかに彩っていた。

「それでは、いきます」

 少女は両手を揉み合わせながら掌の中でいくつも絵文字を「具現化」し始めた。スマイリーやハンドサインなどのUnicode絵文字や、《にゃんぷっぷー》《泣いているオタ》などの.ioのカスタム絵文字を、持ち手の付いたボウルに投入して、ハンドミキサーで一切の迷いなく撹拌してみせる。すると、絵文字が粘り気を帯びながら一体になっていき、ボウルにあふれそうなほどのメレンゲ状になったあと、ゆっくりとしぼんで、きれいな小判型のケーキになってボウルの底に収まった。

 店主から借りた皿に小判型のケーキを盛って、少女は私の目の前に差し出した。

「.ioリアクションのババロアでございます」

「いただきます」

 少女はアカウント名を「凡百」と名乗って、仲のよい相互からも「凡百ちゃん」と呼ばれている。Fediverseの大地において、絵文字をミキサーでかき混ぜて自由自在に様々なものを形作る能力を持ち、それを称賛されて「エモジ・クッキング・ガール」なんて呼ばれることもある。

「美味しい。これが美味しく感じられるから『Misskeyの街』の凄さですよ」

 私がババロアを頬張っていると、凡百ちゃんはニッコリと笑ってみせる。

「ね、魔法使いにでもなったみたいな気分」

 そう言ってアイスカフェラテを吸う凡百ちゃんは、眉間に皺を寄せて深く息を吐いた。

「コーヒー苦手?」

 私が訊くと、凡百ちゃんは小さくうなずく。

「はい。あんまり」

「ココアもあるのに」

「ココアはもっと嫌っ」

 唐突に語気を強めた凡百ちゃんに、私は思わず謝ってしまう。

「ごめん、深くは訊かないよ」

「……こっちこそ、ごめんなさい。あんまりいい思い出なくて」

 私たちの会話がしばらく止んで、ボックス席の向こうからミスキストたちの雑談が聞こえたり、ちょうど降り込めたにわか雨が窓ガラスを打つのが聞こえたりした。

「むかし、小学生のとき、『モカチョコ嫌い』って、なんだろ、いじめだと思うんですけど」

「モカチョコ嫌い?」

 私が訊き返すと、凡百ちゃんは引き結んでいた唇をそっと開いて、ゆっくり語り始めた。

「私がクラスでミスしたり目立ったことしたときにクラスの一部のグループが『モカチョコきらーい』って声を合わせたり、してたんですよね。たぶん確定なんですけど、このことでいじめだって騒いでも『モカチョコ嫌いって言っただけ』って言われてわたしが頭おかしいひと扱いされるから」

 凡百ちゃんが唇を噛みながら言うのに、私は人づてで聞いていた最近の小学校の事情を確認する。

「いま学校ってあだ名で呼ぶのよくないんでしょ? 怒ってもらえなかったの?」

 私の問いに、凡百ちゃんは首を横に振って言う。

「学級会でそいつらが『モカチョコはあだ名じゃない、本当にモカチョコが嫌いだから言ってるだけ』って長々と説明して、先生もなんにも言えなくなって、それが学年末までずっと続いた」

 そこまで言って、凡百ちゃんは苦虫を潰したような表情でため息を吐いて、言った。

「辛かったなって」

 呟いて凡百ちゃんは、自分の褐色の肌を慰めるように指先を撫でながら俯いていた。私はただひたすらに、校舎という修羅で少女が生き永らえたことに、敬意を示す。

「よく、頑張ったね」

「でも泣かなかったよ。泣いたら負けだと思ったから」

 そう言う凡百ちゃんに、私は急いでババロアを平らげたあと、両手のひらの中で「アルティメット偉業」のカスタム絵文字を練り上げて、凡百ちゃんの胸元に放った。スマイリーのアグリーセーターで受け止めたリアクションをゆったりと手のひらで撫でながら、凡百ちゃんは微笑む。

「ありがと、小林おじさん」

「――それは小学校のときで終わったの?」

 思わず私が訊いてしまうと、凡百ちゃんは強くうなずいた。

「いちおう。中学からは一貫校受けたんで、そういう意地悪ばっかり頭回るバカもいないです」

「年寄りじみちゃうけど、最近の子たちは凄まじいな」

「最近って言われてもよく分かんないです。みんな多分、大人のやってること真似してるだけなんで」

 凡百ちゃんにそう言われて、私は虚を突かれたような顔をしていたのだと思う。凡百ちゃんはアイスカフェラテをぐっとストローで吸ったあと、私を見据えて言った。

「私はいま自分のことを子供として、子供世代として言いますけど、子供って大人がやってる悪だくみやチートなんてすぐ真似できますよ。大人が平気な顔してやってるならいいだろって。子供のやってること問題に思うなら、子供に真似されるような卑怯な生き方しないでくださいよ」

 凡百ちゃんがじっと私の目を見つめて言うのに、私は目を逸らすことも、言葉を返すこともできぬまま、情けなく黙っていることしかできなかった。

 Misskey.ioのローカルタイムラインの表通りに降り込めていた雨がゆっくりと止んでも、その日の分厚い雲はどこかに消えることもなく、夕日も見えぬまま、.ioの街は静かに暗くなっていくのだった。
#カフェテラスMisskeyio #フェディバーシティ・コネクション #リアクションシューティングガール #MisskeyWorld

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CW: #カフェテラスMisskeyio 私と、ツキレイちゃんと、お笑い芸人の話

 2026年の7月が始まり、梅雨空の日々を縫うようにして太陽が顔を出し始めると、Misskey.ioのローカルタイムラインの表通りに面したカフェテラスに、再び屋外のテーブル席が設られて、束の間の日差しを求めてミスキストたちがテラス席を埋め始める。

「『貴方の世界観すきー!!』」

 大声とともにテラスのテーブル席から放たれたその「リプライ」は、まるでボクセルブロックのような形を持ってローカルタイムラインの車道へと飛んでいき、ホログラムの姿で走っていた「ノート投稿」の返信欄に大きな衝撃音を立てて的中した。

 すると、車道のむこうから、悲しみに暮れていた絵師のノートが続々と流れて来て、結びにはこう書かれた。

『生きられる みんなのおかげで』

 そのノートに「コンゴトモヨロシク」のカスタム絵文字を投げ込んだのは、先ほど「形あるリプライ」を放った少女だった。

 オレンジのツイードのワンピースにインディゴブルーのタイツ、オレンジのパンプスに白手袋、パープルの鮮やかな髪に被ったオレンジの制帽には「送信する」を表す紙飛行機がデザインされたエンブレムが輝き、少女の手には小型の拡声器が握られていた。

「いつも見事なお手前で、ツキレイちゃん」

 拍手する私に「ツキレイ」と呼ばれた少女は、私とともに座っていたテーブル席に戻って、ハンディサイズの拡声器を置く。

「お手前じゃないですよ、真心の言葉だから」

 ツキレイは彼女の相互フォローたちが呼ぶ愛称で、本人のアカウントは「月が綺麗と言え」と名乗っていた。「形を持ったリプライ」は、彼女の声が愛用の拡声器を通ることで「具現化」し、大きな力を持って相手に届くという。だから時々ツキレイは「リプライシャウトガール」なんて呼ばれることもあった。

「小林素顔さんは、子どものころと、大人になってからと、どっちが楽しかった?」

 突然、アイスカフェラテをストローでかき回しながら訊くツキレイに、私は首を傾げてしまう。

「どっちが、かあ。楽しさというか、辛さの質が違うってのはあるなあ、子供と大人と」

「ぼやかして逃げないで二択で答えてよ」

 口を歪ませて詰るツキレイに、私は腕組みしながら答える。

「未来にいろいろできる希望があって、理想に添った人生に変えられる時間があるだけ、子どものころのほうがマシかな。大人になると、なかなか取り戻せない」

 私がため息混じりにそう言ってしまうと、ツキレイはすこし真面目な表情になってカフェラテを吸い、小さく頷いた。

「じゃあ、わたしも焦んないとな」

「焦んなくてもいいけど、やりたいことがあるならちゃんと準備して努力したほうがいいかもね」

 私の提案に、ツキレイは少し意地悪な表情で訊く。

「小林さんはちゃんと努力した?」

「あは、耳が痛いな」

「ハハハ」

 私の苦笑いにツキレイは破顔して、テラス席にゆったりと風が吹いた。

「ツキレイちゃんは、将来は?」

 私の問いに、ツキレイは間を置かずに答える。

「まず上京するか大阪に出るかしたいんですよね、だから大学進学はしたいかな。ナルゲキとかマンゲキとかで出待ちするの、憧れなんです」

 ツキレイはお笑いマニアを公言していて、好きな芸人は真空ジェシカと、サツマカワRPGと、「警備員」という芸名のピン芸人だという。

「あんまり深くは訊かないけど、まあ、いまは首都圏や関西圏には住んでないんだね」

「はい。ほんっとうに羨ましいですよ、東京の人。新宿に電車一本とか聞くと悔しくてイーってなります」

「この前、品川駅の乗り換えの時にママタルトの檜原さんを見かけたよ」

 私が絞り出した芸人エピソードに、ツキレイは無表情で首を傾げて見せる。

「ひわちゃんは、まあ、別に担当ではないので、なんの感想もない」

「厳しいな」

「はい、厳しさの中にあります」

 そう答えてツキレイはカフェラテを飲み干すと、背伸びしながら椅子にもたれて、言う。

「あーあ、早く大人になってガクさんのお嫁さんになりたい」

「真空ジェシカのガク? やめといたほうがいいだろ流石に」

「え、じゃあ、ガクさんと、サツマカワRPGさんと、警備員さんと、同時に求婚されたらどうするんですか?」

「それは選択肢が成立してないよ。サツマカワは既婚者だし、警備員はハチカイ解散しちゃったし」

 私が言うと、ツキレイは唇を尖らせて反駁する。

「とにかく、大人はずるいですよ。人生が辛いのは子供だって同じなのに、楽しいことの量は格段に大人のほうが多いんだから」

 鋭い指摘に、私は思わずため息をついてしまう。

「子どもの時と同じ辛さを大人になっても解決できないって分かってくると、その辛さも重さが変わってきてね」

 私の答えに、ツキレイは帽子を取って髪をかきあげたあと、被り直して言った。

「暗いなあ」

 ツキレイは拡声器を手に取ると、私に向かって声を張った。

「『小林素顔』!!」

 大きな怒声に面食らって、閉じた目を恐る恐る開けると、私の胸元には「小林素顔」と書かれた文字が立体化して突き刺さっていた。その塊がゆっくりとグリーンの輝きを増し、大理石のような艶を湛え始める。

「これは?」

 突き刺さっていた小林素顔型の大理石を私が手に取ると、ツキレイは真っ直ぐにこちらを見つめて言った。

「気持ちです。小林素顔さんは暗い顔している時間があったらその『文鎮みたいな小林素顔』を撫でて自分の魅力について考えてください、大人なんだから」

 そう言って、ツキレイは飲み干したアイスカフェラテを店内のカウンターに下げて、こちらに手を振りながらカフェテラスを後にした。私はツキレイから受け取った「小林素顔の文鎮」の輝きを眺めながら、少し微笑んでいたのだった。

「どっしりと構えるか、文鎮みたいに」

 Misskey.ioのローカルタイムラインの表通りは今日も大量のノート投稿で溢れ、歩道のミスキストたちから車道のノートへとリアクションやリプライが投げ込まれる。様々な世代、様々な性癖の人々の人間模様が表通りから裏道へと染み渡るように広がっていくさまを、雲間から漏れた夕陽が赤くはっきりと照らしているのだった。
#カフェテラスMisskeyio #フェディバーシティ・コネクション #リアクションシューティングガール #MisskeyWorld

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CW: #カフェテラスMisskeyio 私と、リアクションシューティングガールと、令和の梅雨の話

 Misskey.ioのローカルタイムラインの表通りは6月のじっとりとした曇り空の下、今日もミス廃たちの日々がつぶやかれたノートが車道を走り、それに向かって歩道のミスキストたちが思い思いのカスタム絵文字を投げ込んでリアクションを楽しんでいた。

 一方で、.ioのローカルの歩道には必ずと言っていいほど意気消沈したミスキストがいる──それはSNSの常のこと──けれど、そんな寂しそうなひとを、放っておけないミス廃もここにいて。

 表通りに面したカフェテラスのテーブル席から、ローカルタイムラインを見渡しているピンク髪の少女。アシンメトリーのツインテールにフリルが豊かな地雷系の装いで、しかし足元のブーツはウエスタン風味が混じり、腰の太いベルトの両脇にはホルスターに差さった2挺の虹色のリボルバーが艶めいていた。
 
 ピンク髪の少女はすっと椅子から立ち上がると、リボルバーの1挺を抜いて表通りに向かって発射した。乾いた破裂音が響いたが、それは人を殺める銃ではなく、カスタム絵文字を発射してリアクションを誰より速く相手に届けるための「抱擁の銃」だった。

 銃口の向こうで身を捻ったのは分厚いメガネの、本当にカスタム絵文字みたいなオタク青年だった。青年はリアクションした主に気づくと、少女に向かって控えめに手を振った。ピンク髪の少女はサムズアップで応えて、満足げに椅子に座った。

「お見事、雑賀朔センセ」

 テーブルの向かいに座っていた私が軽く拍手すると、雑賀朔と呼ばれたピンク髪の少女はリボルバーをホルスターに仕舞いながら、八重歯を見せて微笑む。

「おうよ任せとき」
 
 こうやって雑賀朔はミスキストたちの心の傷を清潔な布で庇うようにしてカスタム絵文字の弾丸を打ち込んで、リアクションという電子の抱擁で優しく包み込むひとなのだった。

「うー、寒いんだか暑いんだかわかんないねしかし」

 テーブルのアイスココアも、雑賀朔の額も汗ばんでいたが、気温は夏日に達しておらず、しかしひたすら湿度が高かった。

「久しぶりに梅雨寒らしい梅雨寒なんだよな」

 私が言うと、雑賀朔は三白眼をいっそう見開いて驚いてみせる。

「小林おじさんの若い頃っていっつもこんな感じだったの? 梅雨」

「そうだよ、紫陽花は雨に濡れているのが当たり前だった」

 私がそう言うと、雑賀朔は鼻で笑う。

「くっさ。わたしたち生まれた頃にはもう地球温暖化済だったので知らんかった」

 唐突に突きつけられた相手の若さに私は動揺してしまいそうになる。私がこの子と同じくらいのころはどんな風だったろうかと思いめぐらせながら、私は雑賀朔に訊く。

「若いなあ、来年が受験?」

「そうです」

 私の問いに、雑賀朔はアイスココアをストローで一口、そして頷いてみせる。

「嫌なら答えなくてもいいけど、勉強のほうはいかがですか?」

 デリカシーの境目を気にして敬語になりながら訊くと、雑賀朔は何のためらいもなく答える。

「勉強は嫌いじゃないから、今まで通りちゃんとやってれば大丈夫だと思う。あとは自分の体調とかメンタルとか」

「おお、すばらしい」

 思わず私が感嘆を漏らしながらそう言うと、雑賀朔は少し首を傾げ気味に、虚空を見上げて続けた。

「たぶん、受験当日はお母さんもおばあちゃんとショートステイしてくれると思う、そのはず」

 そのとき、湿った風が強く吹いて、テラス席のテーブルのグラスやカップを波立たせ、私と雑賀朔は少し黙ったりした。

「大変だな」

 私が言葉を絞り出すと、雑賀朔はニッコリ八重歯を見せて笑って、またアイスココアを一口飲んだ。

「うん、大変。でもわたしおばあちゃん好きだから」

「みんなから言われてるだろうけど、偉いな」

 私が感心しながら呟いた言葉に、雑賀朔は口元を歪めて返す。

「偉業って言いなよ、ここMisskeyなんだから」

 そういえばそうだなと気付かされ、私は両手を合わせて握り込むと、両の掌のなかでカスタム絵文字をこねはじめた。そして出来上がった「極めて偉業」のカスタム絵文字を、目の前の雑賀朔に放った。

「受け取れっ」

 私のリアクションを雑賀朔は胸元で受け取って、両手で抱くように身体に染み渡らせると、穏やかな微笑みでギャルピースしてみせた。

「イエーイ」

 ローカルタイムラインの表通りの空は、暗い雲がいっそう分厚くなっていまにも降り出しそうなのに、そんな様子だけを見せながらまだ雨にはならずにいた。

「将来の夢とか訊いていい?」

 私がそう訊くと、雑賀朔は椅子の背にもたれて伸びをするように暗い空を見上げた。

「なんだろ、介護とか、看護とか?」

 そう言った途端、素早い動きでテーブルに身を屈めて、頬杖を突きながら私をじっと見据えて、雑賀朔は言った。

「まあ、普段は色んなところでそう言ってるけどさ、わたしだって、なんか、かっこいい夢、追いたいですよ。でも周りは色んなことが厳しいって言うし、世界のニュースは厳しいっていうし、戦争おわんないし、そういうの突っぱねてまでやりたいこと、見つかんないし」

 小刻みに身を揺すりながら言う雑賀朔に、私は精一杯の励ましを試みる。

「『まだ』見つかってないだけだよ。焦ることないよ。なんにも成し遂げてない大人が言うのもあれだけど」

 その言葉を聞いて、雑賀朔は眉間にギュッと皺を寄せて。三白眼で鋭く睨んだ。

「そういうふうに、優しい言葉かけてくれるひと、最後に必ず卑屈な言い訳で自分を下げるから、嫌いです」

 言った途端、雑賀朔は唇を震わせて、私から目を背けた。

「ごめんなさい、本当にごめんなさい」

「いいよ。大丈夫」

 私は努めて平然を装ったけれど、反論は思いつかなかった。雑賀朔の指摘は私個人には鋭い事実だし、むしろ、そんな言葉を導いてしまった私の失態だとさえ思った──この負い目さえ、雑賀朔には惨めに映るのかも知れないけれど。

 私は思い立って、また両手を合わせて揉み込む。練り上げたカスタム絵文字は、「いつもありがとう」。それを優しくテーブル越しに放ると、耳元から首筋の辺りでリアクションを吸収した雑賀朔に、私は言う。

「私の話し相手になってくれて、本当に、いつもありがとう」

 それを聞いてこちらを振り向いた雑賀朔はバツが悪そうに笑ったあと、右のホルスターから虹色のリボルバーを抜いて、私の目前で発射する。

 パカーン! と、「どいたま」のリアクションを脳天に打ち込まれて椅子から転げ落ちた私がニヤニヤと見上げてみせると、雑賀朔は破顔して叫んだ。

「お互いさまァ!」

 そのとき丁度、ローカルタイムラインの表通りに晴れ間が差し込んで、湿った空気を吹き飛ばすような爽やかな風がカフェテラスのテーブルの数々をすり抜けていった。
#カフェテラスMisskeyio #フェディバーシティ・コネクション #リアクションシューティングガール #MisskeyWorld
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CW: #カフェテラスMisskeyio 私と、ミスキーガールと、私の描いたエロ漫画の話

 Misskey.ioのローカルタイムラインの表通りでは豪雨と霧雨が繰り返されて、梅雨の季節が着々と近づいていることを知らせていた。傘を差して歩道を行くミスキストたちは車道を走るNERVやYahoo!ニュースのトゥートに一喜一憂しながら、手元でカスタム絵文字を練り上げて「ウワーッ!」「イーヤーヤダヤダ」などのリアクションをそれらの投稿に投げつけていた。

 そんな様子を、私は.ioの表通りに面したカフェテラスの店内から眺めていた。雨が降り込めているから屋外のテラス席は撤去されており、窓側の席からローカルタイムラインの様子がよく見えた。

 店内に向き直ると、窓に面したボックス席やフロアのテーブル席を囲んで、.ioの絵師たちの「代理ちゃん」や「うちの子」たちが朗らかに談笑している。なかにはタブレットを持ち込んで作画作業の真っ最中の客もいる。一時期に比べて、怪文書作家やMFMアーティストはあまり見なくなったかもしれない。

 そのとき、ぼんやり店内を眺めていた私の目前に手をかざして、私を振り向かせたのは、このボックス席の向かいに座るひと。ブラウンのショートボブに丸眼鏡、ライトグリーンにホワイトのアクセントが鮮やかなミニのワンピースを着こなす、ちょっと意地悪そうな笑顔の女性。私は彼女のことを勝手に「ミスキーガール」と呼んでいた。

「はい、なんでしょう」

 私が応じると、ミスキーガールは腕組みしながらこちらをじっと見据える。

「小林の描いたわたしのエロ漫画、消したでしょ」

 私はその事実──ミスキーガールと私が同衾するエロ漫画描いて.ioのタイムラインにアップロードしたこと、並びにそのノートを消したこと──を隠していなかった。だから、私は深く頷いた。

「はい、消しましたね」

 私の返答に、ミスキーガールは腕組みしながら肘を指で掻いて、フンッと鼻で笑う。

「ビビっちゃったんだ、Fantiaの動きに」

「はい、ビビりました」

 私は額に汗をかいていた。私と同じくらい水滴で濡れたアイスコーヒーを一口飲み下して、私は姿勢を正す。ミスキーガールはいまだ腕組みを解かない。

「ここは、Misskey.ioで、ちゃーんと隠してたのに?」

 ミスキーガールの瞳は湖の底のように透き通って輝いているけれど、私はいま彼女の厳しい視線を受け止めきれずに、俯きがちに返事していた。

「はい、.ioにアップしてたのに、ちゃんと隠してたのに、です」

 そこまで言うと、ミスキーガールは腕組みを解いて、深いため息とともに、ボックスのソファに深く座った。

「まあ、いいけど」

 そして、ミスキーガールは反動をつけてソファから立ちあがり、向かいの私の耳元に唇を近づけて、言った。

「わたしは好きだったんだけどな」

 その吐息の湿度を耳たぶで受けた私は、身体中の血液が高速で循環するのを感じながら、貧血になりそうな脳でミスキーガールへの「弁明」を必死に練り上げる。

「私だって好きだった。精魂込めて描いたからね。でも、何と言うか、世界の流れに歯向かう勇気がないんだ。クリエイターとして弱いんだと思う」

 私の反論に、ミスキーガールはアイスココアのグラスを指で拭いながら、首を傾げる。

「別に皆んながみんな反抗したくてエロ描いてるわけでも無いでしょ?」

 彼女の疑義に、私はようやく自分でも腕組みして、言葉を探しながら返す。

「でも、みんな救いを求めてエロを描いている。性癖って個人の最も核となる救いなんだ。誰も傷つけずに節度を持って性癖に忠実であろうとするひとびとを、誰かが、多分大きな力で、潰そうとしている。それに対して私は、声を上げる勇気もない。そもそも強い性癖も持ち合わせない自分に、彼らと手を取り合って大きな力と戦う勇気もない。私はクリエイター失格だよ」

 そこまで言って、私はアイスコーヒーを一気に飲み干して、深く息を吐いて黙った。そんな私の姿にミスキーガールはとりたてて驚くこともなく、首を傾げる。

「まあ、いじけるのはいつものあなたの調子だから、早めに戻って来て、としか」

 そう言ってからアイスココアを一口、ミスキーガールは私に訊く。

「わたしとエッチしてたときのエロ漫画を描いてたとき、どんな気分だった?」

 試すような笑顔で訊くミスキーガールに、私は少し思案してから、言った。

「作業のあいだ、やる事の多さに辟易して、技術の拙さをずっと突きつけられていたし、体調もいつも良かったわけでは無いし、正直、辛いときもあった。でも」

「でも?」

 ミスキーガールの疑問符の視線を見つめ返して、私は真っ直ぐに答えた。

「結局はちゃんとネームのページ数を描きあげられた。君のお陰だと思う。大好きな君のお陰」

 私の言葉に、ミスキーガール数瞬黙ったあと、ゆっくりと破顔しながら、言った。

「分かってるなら大丈夫。小林はちゃんとわたしを性癖にしてるクリエイターだよ」

Misskey.ioのローカルタイムラインの雨空は薄暗い昼間から忍び足で夜へと更けていき、街路灯の光が雨粒を照らして表通りはきらきらと輝いていた。ミスキストたちは次の晴れを待ちながら、また今夜もモニターの前に座って自らを「救う」ために、創作に励むのだった。
#カフェテラスMisskeyio #フェディバーシティ・コネクション #MisskeyWorld
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CW: #リアクションシューティングガール どうすればいい? 憧れの人が.ioを去ろうとしている

 ツキレイ──アカウント名を「月が綺麗と言え」と名乗っているひと──が人前で涙を流すのを、雑賀朔は初めて目の当たりにしたのだった。

 週末の夜、Misskey.ioのローカルタイムラインの表通りに面したカフェテラスは、屋外のテラス席も店内のボックス席も、沢山のミスキストで騒がしい。雑賀朔が座るボックス席にはツキレイの他にも凡百ちゃん──持ち歩くハンドミキサーとボウルでMFMアートを「料理する」ひと──も座っている。

 人目も憚らずツキレイが泣くのに訳があるのは明らかだった。雑賀朔はたまらずに訊く。

「ツキレイちゃん大丈夫?」

「……ゴールデンどんぐり先生が、SNSも漫画辞めちゃうって」

 ツキレイがしゃくりあげながら流す涙を、向かいに座る凡百が手を伸ばしてハンカチでそっと拭いながら、訊く。

「お笑い芸人さんのファンアート描いてるひとだっけ?」

 ツキレイは息を飲み込むようにすすり上げて、答える。

「前から引退したいみたいなこと書き込んでたけど、ひょっとしたらもう引き留められないかもしれなくって」

「かなり難しいの?」

 凡百の問いに、ツキレイは固まってしまう。その姿に雑賀朔は、Misskey.ioで、Fediverseで、 様々なSNSで何度も見てきた悲しみが、ツキレイにもやってきたのだと知った。

「──なら、最後にもう一回、心を込めて引き留めてみたら? どっちに転んでも良いと思って」

 真っ直ぐ見据えて雑賀朔が言うと、ツキレイは唇を噛みながら返す。

「どうやって? もしかしたら全部の言葉が嫌になってるかもしれないのに?」

 ツキレイはテーブルのペーパーナプキンで目元のメイクを拭きながら俯いてしまう。凡百も眉根を寄せて黙ってしまう。雑賀朔は思わず腕組みし、しばらく窓の外のローカルタイムラインの表通りを眺めながら、頭を巡らせる。

 ひらめきの精度は必要な時のために重ねた無駄の数による──雑賀朔はスマホで画像検索をしたあと、凡百に画面を見せながら訊いた。

「ボンちゃん、『ボウガン』ってMFMアートで作れる?」

 雑賀朔が訊くと、凡百はスマホの画面をスワイプしながら数々のボウガンを閲覧したあと、顔を上げて言った。

「うん、できると思う」

 雑賀朔はツキレイに向き直って言う。

「ツキレイちゃん、心を込めて精いっぱいのリプを『ボウガンの矢の形』にできる?」

 雑賀朔に見せられたスマホの画面を、ツキレイは眉尻の下がった顔でしばらく見つめた後、こくん、とうなずいた。

 しっかりと目線を合わせてうなずきあったあと、三人はカフェテラスの屋外に出た。凡百が、肩から紐で下げていた持ち手のついたボウルを地面に置くと、両手を揉み始める。すると手のひらから沢山の図形の絵文字や、括弧や記号などが「具現化」して、ボウルの中に落ちていく。そのボウルに、凡百がもう片方の肩にかけていたハンドミキサーを突っ込んで、轟音と共にボウルの中身を撹拌しはじめた。

 ボウルの中身がメレンゲのように盛り上がったあと、MFMアートの「蛹」は徐々に収縮していき、三人の目の前で美しく仕上がった「リプライの矢のためのボウガン」になった。それを目の前にして、ツキレイは深く頷き、常に持ち歩いているハンディ拡声器を眼前に掲げ、深呼吸、そして、声を張り上げる。

「「「ゴールデンどんぐり先生えええぇぇぇぇぇぇ!!!!!! あなたのファンはあなたの作品も、お笑い評も、人間性も、大好きです! アンチに否定される筋合いなんてなんにもないです! あなたの描いた真空ジェシカの漫画、大好きでええええぇぇぇぇぇす!!!!!!」」」

 拡声器のコーンの広がった先から、ツキレイが叫んだ言葉がブロックのように具現化する。その言葉のブロックはツキレイの眼前の空中で捻れるように高速回転すると、
徐々に凝縮していき、一本の「リプライの矢」になる。

 凡百がボウガンを、ツキレイがリプライの矢を、雑賀朔に渡す。雑賀朔はボウガンに矢をつがえて、空に向かって狙いをつける。照準の真ん中には、Misskey.ioのサーバーの街に広がる濃い碧色の夜空で輝く、エメラルドの月。

 雑賀朔は迷いなく、ボウガンの引き金を引いた。弓と弦が震えて、空を切って放たれたリプライの矢は、エメラルドの月に向かって飛んでいく。

 リプライの言葉を具現化して相手に放つことができる「リプライ・シャウト・ガール」ツキレイと、MFMアートでスイーツから兵器まで具現化することができる「エモジ・クッキング・ガール」凡百と、カスタム絵文字の弾丸を放つ銃でリアクションの狙撃ができる「リアクション・シューティング・ガール」雑賀朔。この三人の力が合わさって放たれた「言の葉の矢」が放物線を描き、Misskey.ioのサーバーの街に煌々と照るエメラルドの月の光を掬って、地上の「ゴールデンどんぐり」へと真っ直ぐに飛んでいくのだった。

「あそこだ」

 .ioのサーバーの街に並ぶビル群の向こうに、エメラルドの月の光を引いた矢の軌道が輝く。光を追って雑賀朔たちが落下地点へと向かうと、金髪のマッシュルームカットの女性が、Misskeyお笑い部のチャンネルタイムラインの路地裏で、グリーンの光を胸に抱きながら膝をついていた。

「先生!」

 三人のなかからツキレイが駆け出して声をかけると、マッシュの女性は驚いた表情でツキレイを見上げる。

「……月が綺麗と言え、さん?」

「ゴールデンどんぐり先生、.ioでも、にじみすでも、Fedibirdでもいいんで、もう漫画書かなくてもいいんで、お願いです、みんなのそばに居てくださいませんか」

 目元を潤ませながら言うツキレイに、ゴールデンどんぐりはいまにも泣き出しそうな微笑を湛える。

「ありがとう、そうなんだね、ごめんなさい。そんなに月が綺麗と言えさんやフォロワーさんに心配かけてたなんて知らずに、メンヘラ爆発させてしまって」

 ゆっくりと立ち上がったゴールデンどんぐりを、ツキレイがしっかりと抱きしめて、二人が固く抱擁するのを、雑賀朔と凡百は安堵した笑顔で見守っていた。

 Misskey.ioのサーバーの街には今日も寂しい人がいて、それを救うリアクションやリプライや、ファンアートやMFMアートがやり取りされているだろう。それはMisskeyサーバーという「街」で心の傷を庇い合う電子の抱擁、あなたが手を伸ばせば、きっと差し伸べられる愛だから。
#リアクションシューティングガール #フェディバーシティ・コネクション #MisskeyWorld

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CW: #リアクションシューティングガール 雑賀朔と「リプライ・シャウト・ガール」

 黒い十字架の街からまた、インターネットに絶望した絵師たちがMisskey.ioの街に訪れていた。クリスマスの夜、.ioのローカルタイムラインの表通りでは絵師たちの「うちの子」たちが真っ赤なサンタ帽とファーコートをまとって歩道を練り歩き、互いに手のひらで練り上げたカスタム絵文字を投げつけあって「MerryChristmas!」とリアクションを交わし合っている。暗い碧色の空にエメラルドの月が煌々と照って、この街だけはまだ救いがある、と信じるクリエイターたちのから騒ぎが、平日の夜だというのに高らかに響いていた。

「いい景色だねえ」

 壁一面にデジタルサイネージが施された、表通りの両側に並ぶビル群の屋上でひとり、虹色のスナイパーライフルを持った地雷系の少女――雑賀朔が佇んでいる。雑賀朔の手にしたライフルと腰に下げた二挺のリボルバーは共に虹色の外装で、Misskeyサーバーの街の中でリアクションを「撃つ」ためだけに作られたものだった。雑賀朔はその虹色の銃を持って、Misskeyサーバーの街の住人たちを励ますカスタム絵文字のリアクションを撃ち込む「リアクションシューター」として、日々を過ごしているのだった。

 少女の眼下に伸びるローカルタイムラインの表通りは、ビルの壁面に映し出された.ioの絵師たちのクリスマスイラストと、街灯やショーウインドウを彩るイルミネーションで煌々と輝き、碧色の夜空に向かって光芒を伸ばしそうなほどだった。表通りの真ん中を貫く車道では、若葉マークをアカウント名の横に付けた「Super New User」によるご挨拶イラストや、.ioに居ついた神絵師たちのクリスマスイラストが、繰り返しリノートされて何度も駆け抜けていくのが見えた。 

「イブに独りでMisskey?」

 ビルの屋上の縁から覗き込む雑賀朔の背後に、音も無く現れた人影があった。落ち着いたトーンの少女の声に雑賀朔が振り向くと、オレンジとブラウンで織られたツイードのミニワンピースの少女が、拡声器を片手に立っていた。

「それはお互い様じゃない? 『ツキレイ』ちゃん」

 「ツキレイ」と呼ばれた少女のアカウント名は「月が綺麗と言え」だった。ツキレイは、鮮やかなオレンジの制帽を制帽を直して、同じくオレンジのパンプスの足を進めて、雑賀朔に近づく。

「こんばんは朔ちゃん。パーティーとかは?」

 ツキレイが訊くと、雑賀朔は虹色のライフルを抱えながらその場に屈んだ。

「家族とやって、終わったとこ。そっちは?」

 雑賀朔が訊き返すと、ツキレイは鼻で嗤って答える。

「途中で飛んできたとこ。ひどいんだよ、聞いて? こっち3人むこう3人で合コンするはずだったのになんか向こう7人ぐらいで来て『人数多い方がいいっしょ?』みたいなこと言い出すから厳しさの中にぶち込まれちゃった」

「それは厳しい」

 雑賀朔が苦笑いすると、ツキレイは深くうなずく。

「もちろん。こっちはSNSのタイムラインに張り付くような偽装陽キャなのにさ、6人でもギリなのに二ケタ人数乗ったら無理だって。分かってねえよな」

 そう言って、ツキレイも屋上の縁に立って、眼下のローカルタイムラインの表通りを見渡す。するとそこに、ハイライトに載ったのか、3ケタリノートのイラストを載せたノートのホログラムが、車道を走っていくのが見える。

「あ、よねこさんのにゃんぷっぷーだ」

 すぐさまツキレイは口元に拡声器を近づけて、深く息を吸い込み、叫ぶ。

「「「可愛いいいいいいいいい!!!!!!! よねこさんマジ神絵師いいいいいいいいいい!!!!!!!」」」

 すると、音が割れた拡声器の裾から、立体化したゴシック体の姿の「具現化したリプライ」が高速で飛んでいき、見事、ハイライトのノートに引用リノートととして通知されたのだった。

「よーっし、届いた」

 満足げなツキレイの横顔を、雑賀朔は微笑ましく眺める。

「元気だねえ相変わらず」

「もちろん」

 ピースサインで応えるツキレイを見て、雑賀朔も立ち上がり、虹色のスナイパーライフルを構える。

「ほれ、見てなさい」

 スコープの中央にハイライトのノートを収めて、雑賀朔は引き金を引いた。パカーン! と乾いた音とともに発射された「尊い」のカスタム絵文字は、ハイライトのノートを打ち抜いて、「リアクション」としてキラキラと弾けた。

 リプライとリアクションを受け止めたノートが表通りの向こうに消えていくのを眺めながら、二人は向かい合ってグータッチして、改めてMisskeyサーバーの街を寒空の屋上から見渡す。

「いいよねえ、Misskeyって。わたし大好きだよ。クリエイターに優しいし、わたしみたいな何も作ってないひとでも居やすいし」

 そう言うツキレイに、雑賀朔は腰のリボルバーを片方抜いて、顔の横で掲げてみせる。

「ツキレイちゃんもやる? リアクションシューティング」

 その問いに、ツキレイは莞爾して首を振り、自分の拡声器を掲げてみせる。

「わたしは『リプライ・シャウト・ガール』なので。『リアクション・シューティング・ガール』先輩のお邪魔はできねっす」

 その答えに、雑賀朔は弾けるように笑って、ツキレイも釣られて笑顔になる。

「ツキレイちゃん年下だっけ?」

「同学年だよ。でも.ioはわたしまだ1年生」

「あそっか」

 ふたりはまたローカルタイムラインの表通りを見下ろし、少し黙ってから、同じタイミングでうなずく。

「綺麗だねえ、.ioのローカル」

「めっちゃ速いけどね」

 ツキレイの言葉に、雑賀朔は閃いた表情を見せて、言う。

「来年はさ、うちらの相互さんでやろうよ、クリスマスパーティー」

 雑賀朔の問いに、ツキレイは自信たっぷりの笑顔を見せて、うなずいた。

「もちろん」

 Misskey.ioのサーバーの街が今後、いくつのクリスマスを繰り返すのかなんて誰も知らない。ただ言えることは、幾度でもクリスマスを繰り返したいという願いが、この.ioのサーバーの街に、それは銀河の星の数ほどに、存在するということだ。

 時計が午前零時を刻んで、碧色の夜空が一層深まるごとに、十二月の空気は冴え冴えと冷えて、.ioの街を照らすエメラルドの月の光はその輝度を増し、ビル群の屋上に建つ二人の少女の未来を照らそうとしているかのようだった。 

「メリークリスマス!」

#リアクションシューティングガール #フェディバーシティ・コネクション #MisskeyWorld

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CW: #リアクションシューティングガール 実を成す前の百合の花が散ることのないように

 ビルの屋上に、手をつないで眼下の道路を見つめている二人がいる。道路を挟んではす向かいのビルの屋上から、雑賀朔はそんな二人をスコープの向こうに確認した後、リュックサックの中を漁って、カスタム絵文字の弾丸を「検索」する。

 死にたい気持ちに効くリアクションとはなんなのか。それも、仲のよい二人、間に入っていけないような二人が互いに心中を求めるときに、第三者は何ができるだろう。必死に頭を巡らせながら、目ぼしいカスタム絵文字の弾丸を二つ、拾い上げる。

 突然寒くなった10月の昼、Misskey.ioのローカルタイムラインの表通りでは昼休みの喜びにあふれたミスキストたちが歩道を闊歩し、労働と通院と学業に関するノートが車道を走って、たくさんのリアクションが四方八方を飛び交っていた。

 ただ、明らかに秋はない10月だった。白々とした雲の隙間から.ioをイメージさせる翠色の空が垣間見えるが、雑賀朔が銃を握るアームウォーマーの指先に吹く風は冷たくなってきている。体調不良や鬱屈した思いを訴えるノートも車道に散見された。

 急な冬に、みんな心身を乱されていた。

 リアクションを撃ち込むためだけに作られたキャンディカラーのライフル。その薬室から弾倉へとカスタム絵文字の弾丸を二つ装填して、ふたたび雑賀朔はライフルを構えてスコープを覗き込む。

 黒髪のストレートに黒のセーラー服の子と、豊かなウェーブのブロンドにブラウンのブレザーの子。二人とも雑賀朔が.ioに来る前から他所のMisskey系サーバーで相互フォローだった、同学年の子たちだった。

 まだ「飛び降りる」ような様子はない――インターネットの仮想空間での投身心中がどのような結果をもたらすのかはよく知らない――けれど、投げ出された二人の体が歩道の人々の上に落ちれば大きな事故になることは明らかだった。

 気持ちが変わって屋上から降りてくれるならいい、と思いつつ、雑賀朔は集中を切らさないようにしていた。引き金を引くか否かの判断を下すにも、時間は限られている、雑賀朔の「リアル」の体はいま、教室の昼休みの只中にいるのだから。

(屋上の縁に足をかけたら、迷わず)

 ボルトハンドルを引いて、カスタム絵文字の弾丸を薬室に装填する。トリガーを引けば薬莢の中の「勇気」が弾けて、弾頭のカスタム絵文字が標的に向かって高速で飛んでいき、リアクションとなって撃ち込まれる。

 スコープの中の二人が一歩踏み出して、手前の、ブロンドの子が屋上の縁に足をかける――瞬間、雑賀朔の指がトリガーを引いた。虹色のライフルの銃口から発射されたカスタム絵文字は、ブロンドの子の頭を「生きろ其方は美しい」のリアクションで撃ちぬいて、弾ける。間髪入れずにボルトハンドルを引いて次弾を装填し、同じカスタム絵文字を、立ち尽くしている黒髪の子に撃ち込む。

 二人して屋上の内側へと倒れたのを確認して、雑賀朔はビルの屋上から避難階段を駆け下りて表通りに飛び出し、車道を走るバナー画像を載せたアドトラックを避けながら向こう岸へ渡って、二人が屋上で伏せっているはずのビルの非常階段を駆け上った。

 屋上のドアを蹴って開けると、音にビックリしたように目を丸くした二人が、ぺたりと屋上の床面に座り込んで雑賀朔を見つめていた。

「死んじゃ、やだ」

 ひと言呟いたあと、雑賀朔は二人に近づいて、深く息を吸い込んで、叫ぶ。

「死んじゃ、やだ! お別れ悲しいから、ヤダ!」

 涙でマスカラをぼろぼろに溶かしながら、雑賀朔は二人を両腕で抱き寄せた。驚いていた二人が、雑賀朔にすがるように抱き返すと、三人はしくしくと泣き出した。

 たくさんの思いを掬い上げる大きな手のひらがあるのなら、その指の隙間から零れ落ちる悲しみがあって、自分たちがそうであると気づいたなら、支え合い、必要とされたい――雑賀朔はそんなことを最近、強く思うのだった。

 三人で隙間なく体を寄せ合いながらしばらくして、吹く風がすこし弱まったところで、雑賀朔は抱き寄せていた腕を解く。黒髪の子のアイシャドウも、ブロンドの子のチークも涙でドロドロで、他の人には見せられたものではない。

「ごめんね。二人の問題かなと思ったけど、やっぱりほっとけなかった」

 雑賀朔が言うと、二人は微笑んで答える。

「いいよ、ありがとう、心配させちゃってごめん」

 目元を気にするブロンドの子に続いて、黒髪の子が涙を拭きながら言う。

「朔ちゃんすごいね、『リアクションシューター』になってから、もっとスーパーマンみたいになってる」

「そんなことないよ」

 はにかみながら答える雑賀朔に、ブロンドの子がスマホの画面を見ながら言う。

「朔ちゃんはいま、学校?」

 その問いに、雑賀朔ははっと我に返って自分のスマホを確認する。

「ヤバい! もう昼休み終わっちゃう!」

 雑賀朔は慌ててボルトハンドルを反復させてライフルから残弾を抜き始める。

「ふたりはいいの!? まだ昼休み?」

 雑賀朔の問いに、ブロンドと黒髪の二人はまったりと首を傾げる。

「わたしの『リアル』の体はいま、保健室のベッドの上なので」

「わたしは家のベッドの上だよ」

 その答えに、弾丸をリュックサックに戻しながら、雑賀朔はイーっと食いしばって見せる。

「ずっりーんだ! まあいいや、ゆっくり休んでね!」

 そう言って雑賀朔は、ビルの屋上の縁に向かって走りだすと、飛び出した中空で、キラキラと電子の星屑のように消えて「リアル」へと戻っていった。

 Misskey.ioのサーバーの街は今日もたくさんのミスキストたちが冗談を交わしながら笑いあい、一方で、悩み苦しみながら暮らしている。SNSの人間関係は虚無だと誰かが言った。でも本当にそうか? Misskeyで救われた人間が何人もいることを、この街の住人たちは知っている。

 曇り空から翠色の空の隙間が少しずつ増えていき、真珠色の太陽の光が街のミスキストを照らすようにして光芒を何本も伸ばしていくと、ブロンドの子と黒髪の子にも注がれて、二人はその眩しい光を浴びながら、深く息を吐いて互いを見つめ合ったのだった。

「生きてくしかないかあ」
「そうだね、生きてくしかないね」
#リアクションシューティングガール #フェディバーシティ・コネクション #MisskeyWorld
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CW: #リアクションシューティングガール 新総理就任の夜、それよりも大切なこと

 インターネットの宇宙の彼方から吹く風のなかに混じる血の臭いは、日に日に主張を強めながらSNSの街の住人たちに少しずつ「善く」「正しく」生きることを強いるようになっていた。それに屈した街の首長がおり、はたまた、どこ吹く風を装いながら必死に耐えている首長がおり――2025年10月段階ではまだFediverseの大地に立つサーバーの街の数々はその多様性を保ちながら、地平線の向こうからやってくる「未来の気配」に戦々恐々としていた。

 Misskey.ioのローカルタイムラインの表通りに、新内閣の閣僚の名前を速報する特務機関NERVのトゥートが流れて来る。女性総理の就任に比べてあまり興味をそそられないのか、それぞれに投げかけられたMisskeyのリアクションの数は少ない。その有様をローカルタイムライン沿いに建つビルの屋上に立って眺めながら、雑賀朔は苦笑いした。それで良いと思ったのだ、Misskeyのリアクションはお祭り騒ぎを演出する花火の光、もしくは、寂しさを分かち合うための電子の抱擁だから。

 眼下の表通りでは、 Misskeyの絵師たちの「代理ちゃん」「うちの子ちゃん」たちが歩道をハロウィンの仮装で闊歩して、車道ではしゅうまい君の投稿がひたすらリノートされていた。ビル群の壁面は巨大なデジタルサイネージになっており、ハイライトのノートが巨きく映し出されて、神絵師による美少女のイラストが放つ光が、日没の早くなった夜の表通りを淡く照らしていた。

 そんなデジタルサイネージの上端、ビルの最上階の縁に立って、雑賀朔は探している、リアクションがいますぐ必要なひとを。

 煙と馬鹿は高いところに昇りたがるのだと嗤われたことがあるけれど、雑賀朔はそんなことを気にしていたら大切なものを見逃してしまうと知っていたから気にしていない。いつだって偉人は馬鹿にされながら、それをはねのけて強くなる。だから雑賀朔は、Misskey.ioのサーバーの街でも見晴らしの良いところに昇って、リアクションを「撃ち込む」べきノートやユーザーを探しているのだった。

 腰に二挺のリボルバー、肩から下げたボルトアクションライフル、どれも極彩色の虹色に染まったキャンディカラーの銃身で、「実弾」は撃てないが、カスタム絵文字のリアクションを撃ち込める「リアクションシューティング」専用の銃だった。

 この装備を授けてくれた「師」はいま、アメリカで「戦って」いる。その力添えになりたいと雑賀朔は訴えたが、「師」は「Misskey.ioで自分の使命を果たせ」と言った。雑賀朔はその言葉を「師からの信頼」と受け止めて、今夜もMisskey.ioの街を見廻っているのだった。

「最近はローカルで弱音を吐く人も少ないかあ」

 そう呟いて、雑賀朔はショルダーストラップで下げたスマホを眺めて時間を気にしてみる。68万ユーザー超のMisskey.ioにおいては、愚痴や弱音はフォロワー限定やチャンネルタイムラインに流れることも多くなった。

「誰かの力になりたいな、そんな気持ちもわがままかな」

 鼻歌交じりにそう節をつけて言うと、雑賀朔はローカルタイムラインから移動しようとした、――そのときだった。

 ローカルタイムラインの歩道の脇から、ぼんやりと車道を見つめて、立ち尽くしている女の子がいる。雑賀朔がもうファーコートを着込んでいるというのに、その女の子は白い半袖膝丈のワンピース一枚で、両手両脚にはびっしりとタトゥーが施されているのが遠目にも分かった。

 雑賀朔はライフルを構えて、スコープを覗いた。タトゥーの女の子が、眉間に皺を寄せて虚ろな目で車道を見つめている――雑賀朔はいちどライフルを頬から離して、腰のベルトに差し込んであったカスタム絵文字の弾丸を「大丈夫?」「無理しないで」「ばっかお前…俺がついてるだろ」の順番で発射できるようにライフルに装填した。

 ライフルを構え直したスコープの向こうで、タトゥーの女の子が車道へと歩を進めようとしていた。雑賀朔は迷わずリアクションシューティングの引き金を引く。「大丈夫?」がタトゥーの女の子の頭に的中し、身をよじらせる。レバーを引いて次弾を装填し、「無理しないで」「ばっかお前…俺がついてるだろ」を次々と的中させると、雑賀朔はライフルを片手でつかんで頭上高く掲げた。

 リアクションシューティングを喰らって歩道に座り込んでいたタトゥーの女の子が、雑賀朔のリアクションだと気付いて、ビルの屋上を見上げる。タトゥーの女の子はしっかりと両脚で立ち、雑賀朔に向かって手を振った。数十メートルの距離を挟んで、雑賀朔とタトゥーの女の子が、確かに微笑みあった。

 Misskey.ioのローカルタイムラインの表通りは平日の夜だというのに今夜も騒がしく、ユーザーたちのリプライとリアクションで溢れかえっていた。その混沌の隙間に沈み込んでいるユーザーを、雑賀朔は見逃さない。それは、自分がしてもらったことの恩返しだから。

 ビルの屋上から降りようとしたとき、ファーコートの首筋を冷たい風が駆け抜けて、ひょっとすると明日からはマフラーが必要かもしれない、と、雑賀朔は身を縮めたのだった。

「秋はどこ行っちゃったんですかねえ、令和ちゃん」
#リアクションシューティングガール #フェディバーシティ・コネクション #MisskeyWorld

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CW: #厚顔堂定点観測R18 【R-18】【性的表現あり】 私とミスキーガールの一夜の話 ※個鯖より転載


<きょうそっちの厚顔堂で泊まるから。誰も呼ばないでね>

 私のアカウントにミスキーガールからそうDMが入って、私は粛々と「わかった」というリアクションを返したあと、厚顔堂のリビングのテーブルですこし、虚空を眺めた。

 Fediverseの荒野にぽつんと佇む私の個人サーバー「厚顔堂」は乾いた大地の真ん中に掘っ立て小屋の姿で人々の前に現れる。その窓辺から遠く地平線の向こうにはMisskey.ioの大都市。

 Misskey.ioのサーバーの街には真ん中を貫くローカルタイムラインの表通りがある。それに対して、個人サーバーのこの厚顔堂では、玄関の前の庭先がホームタイムラインの形をとっている。

 ミスキーガールはMisskey.ioの街から厚顔堂の庭先のホームタイムラインにDMをよこして、つまり「二人で夜を過ごそう」と言ってきたのだった。

 慌てて厚顔堂の掃除と片づけをしながら、いろんな思いが頭を巡った。相手に先に言わせてしまった、とか、もし仮に責任がどうこうとなったら取り切れないのになぜ了承したのだ、とか、据え膳食わぬは男の恥なんていつの時代の話だ、とか。

 そうこうしているうちに、メルセデスGクラスに乗ってミスキーガールはやって来た。ショートボブに丸眼鏡、グリーンとホワイトでデザインされたワンピースやジャケットを颯爽と身にまとっていたが、手にしたバッグがいつもより大きい。着替えか、と思った。

「いらっしゃい」

 震えそうな声でそう言った私はきっとこわばった表情をしていたと思う。ミスキーガールの表情は、悪戯っぽく笑っていたが、どこか思いつめたような陰の暗さが見え隠れしていた。

「誰も呼んでないね」

「もちろん。二人きりだ」

 私が応えると、ミスキーガールは満足げにうなずいた。

 秋の日暮れの早さが私たちを隠してくれているような気がした。私とミスキーガールは夕食に寄せ鍋を食べたあと、リビングのテレビで「ニューヨークの恋人」を並んで観ながら、頬を寄せ合って口付けた。そして順番にシャワーを浴びて、厚顔堂の2階の小さなシングルベッドで互いを渡し合ったのだった。

 ミスキーガールの首筋を嗅ぐと、それまで彼女の周りに漂っていたものの核心に触れるような匂いがした。ミスキーガールの体臭と香水の調合は、私の鼻腔から脳髄を殴って、脊髄の神経から陰茎に向かって高電圧を流し込んだ。陰茎が高らかに反りあがって亀頭が腹を打っていた。

「獣になってしまいそうだ」

 私が息を荒げながら言うとミスキーガールは、私の頭を胸に抱き込むようにして言う。

「なりなよ。喰らいつくして」

 眼前のミスキーガールの乳房を吸い舐めながら、上目遣いで表情を探ろうとするが、相手の感応の度合いを推し量れるほど私は床上手ではなかった。できることはミスキーガールの肉体に夢中になることであり、彼女の下僕であることを認めることだった。

 ミスキーガールの身体をすみずみまで愛撫して、行き着く先の股間の茂みに手を触れるとしっとりと濡れていた。私は安堵感と達成感の入り混じった興奮のままにミスキーガールの陰部を舐める。

「バカみたいに食らいついて、わたしにバカになって、お願いだから」

 悶えながら声を上擦らせるミスキーガールに言われるがまま、膣を指でゆっくり押しつつ、陰部の突起を舐め続ける。鼻先が愛液まみれになるまで舐めつくしたあと、避妊具をしっかりと装着し、私はミスキーガールの陰部に自分の陰茎を試みた。

 前戯の焦燥感からようやくたどり着いた交合に、私もミスキーガールも安堵感を得ながら興奮を高めていった。真っ暗な部屋の中で互いの両手の指を絡めあい、唇をむさぼり合う。腰を動かし続ける私を、ゆったりと受け止め続けるミスキーガール。ふと技術の拙さに不安を覚えたが、それを今さら口にするのは興ざめの極みであろう。私ができることはミスキーガールに夢中になることだった。

 早かったのか遅かったのかは分からない。それでも私が果ててしまうと、ミスキーガールは私の頭を掻き抱いて頬擦りして繰り返しキスをした。そうしてしばらく抱き合っていたら、私はいつのまにか眠っていた。

 目が覚めるとまだ夜中の2時で、ミスキーガールも隣で眠っていた。私はベッドから立って1階に降り、コーヒーを淹れて、食パンを焼いてサンドイッチを作り始めた。

 すると、2階から降りて来る足音が聞こえてきた。振り返ると、キッチンの入り口のところにミスキーガールが、私の着ていたパーカーを羽織って立っていた。

「ひとりにするなよ」

 睨みつけて来るミスキーガールに、私は思わず怯んでしまう。

「ごめん、なさい」

「……まあいいや。でも朝食には早くない? まだ2時だよ」

 ミスキーガールの問いに、私は思い付きで答えてしまう。

「これ食べて、このあと、もう一回? できればいいな、なんて」

 その答えに、ミスキーガールはニッと笑って、私に流し目を送った。

「いいよ。ありがとう、わたしに夢中になってくれて」

 その言葉のあとに、パンを焼いていたトースターが、チン、と鳴って、私たちは早すぎる朝食を摂り始めた。

 もう一度ミスキーガールを抱きしめて、朝日が昇るまでの間、私は考えていた。ミスキーガールはどうしてこの厚顔堂に来て、こうして私を受け入れてくれたのかを。しかし、それは訊かないことがエチケットかもしれないと思った。

 どんなに体を重ねても踏み込んではいけない心の領域があるのだと思う。ミスキーガールに敬意を払うなら、私はこれ以上詮索してはいけない。彼女が私の身体を受け入れてくれたことを、ただ純粋に喜んでいればいいのだ。

 Fediverseの荒野に朝日が昇って、ミスキーガールが厚顔堂から朝帰りする時間が近づこうとしていた。

#厚顔堂定点観測R18 #フェディバーシティ・コネクション #MisskeyWorld
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CW: #カフェテラスMisskeyio 私と、ミスキーガールと、秋が来ない10月の話

 Misskey.ioの街はじっとりとした湿度を含んだまま10月の寒さを迎えた。ローカルタイムラインの表通りを行く.ioの絵師たちの「うちの子」たちは、ミニスカートの裾を気にしながらも長袖をまとって歩道に繰り出し、車道を駆け抜けるローカル投稿ノートにはハロウィンのイラストが少しずつ増え始めた。

 サンダルから急にブーツの足元が増え始めた歩道を歩きながら、私はこれを秋とは呼ぶべきか迷う、きっと呼ぶなら「夏と冬の移行期間」だった。急な温度差に驚く身体をなだめるように買い食いしたベイクドモチョチョの包み紙を尻のポケットに押し込み、私は行きつけの、.ioのローカルタイムラインの表通りに面したカフェテラスに向かう。

 最近忙しかった。未だにかなり疲れている、体の芯が凝り固まっているような感覚だった。奇跡的に生きている、みたいなことを本気で思ったりしている。

 カフェテラスの看板が見えてきたところで、私は立ち止まって店の外観を遠くから眺める。店の前の歩道にテーブルを並べて作られたテラス席は、今日も客たちで賑わっている。

 その中の一つのテーブル席、頭上に差さった大きな傘の下で昼下がりの光を避けながら、ひとりの女性が首を傾げている。ブラウンのショートボブに丸眼鏡の女性は、目の前のカフェオレのカップの縁を親指で擦りながら、テーブルで独り、ぼんやりと虚空を見つめている。グリーンとホワイトのボディコンシャスなワンピースの上から、同じカラーリングのブレザーを羽織って、ブラックのタイツの足元はやはりグリーンのヒールがエナメルの光沢を輝かせていた。私は彼女のことを勝手に「ミスキーガール」と呼んでいる。

 美しいなと思う。

 私は歩を進めてそのテーブルに向かった。数メートルほどの距離まで近づいたところで、ミスキーガールが気付いたのか、視線をあげてこちらを向いた。

「――小林!」

 数瞬の吃驚のあと、満面の笑みを見せて、ミスキーガールは椅子から立ってみせる。私はそういうときに相応しい表情が分からなくて、思わず頭を下げてしまう。

「お久しぶり」

 私の不自然な会釈を気にも留めずに、ミスキーガールは訊いてくる。

「お母さま、退院したんだって?」

 ミスキーガールの目が潤んでいるようにも見えて、少しこちらも胸を締め付けられそうになる。 

「ずいぶん体力は落ちてるみたいだけど、よく食べられてるし、コミュニケーションも問題ないし、いまのところ何とかなってるよ」

 動揺を隠しつつ私がそう応えて席に座ると、ミスキーガールも応じるように座って、こちらをじっと見つめたまま質問を重ねる。

「小林は大丈夫なの? 体調とか」

 ミスキーガールの宝石のように透明度の高い緑の瞳を見つめ返していると、私はここに戻ってこれて本当に良かったと確信する。

「まあなんとか」

 そう答えて、私はフロアスタッフのメイド服の子に抹茶ラテを頼んだ。

 それから私とミスキーガールは、私たちが会えなかった先月のことを話した。私は母の入退院と、その間に初めてちゃんと「家事」をやって思い知らされたことをたくさん話した。ミスキーガールはMisskey.ioとFediverseで起きていたことと、彼女が好きなクリエイターと、表現規制と、世界情勢のことなんかを。

 夕日が傾くローカルタイムラインの表通りの車道を、特務機関NERVのFediverseサーバーから配送される政党人事の速報トゥートが走っていく。それを横目に一瞥して、ミスキーガールがため息を吐く。

「どうなっちゃうんだろうね、これから」

「希望を捨てちゃいかんよ」

 ミスキーガールの憂いのつぶやきに、私は反射的に即答していた。

「希望を捨てちゃいけない。私は若い頃、不登校だったし自殺未遂を何回もした。でも私の母は私を諦めなかった。私を信じてくれていた。結果的に大人物になれた訳ではないけれど、今回の母の入院で、私は母をサポートしたし、これからもサポートしていくと思う、そういう存在にはなれたはずだ。だから私たちもやっぱり、諦めちゃ駄目なんだ、誰かを、日本を。自分がここまで生きてきたからこそ、これからの未来を信じることって必要なことだと思う」

 そのとき私は大真面目だったけれど、目を丸くしてこちらを見つめるミスキーガールの表情に正気に引き戻されてしまう。

「だいぶ飛躍しているかな」

 私は俯き加減に首を傾げてしまう。するとミスキーガールがぶんぶん首を振ってみせる。

「いや、でも解る気がする、うん。諦めちゃ駄目だよね」

 ミスキーガールはカップを持って冷めきったカフェオレを唇に傾けると、自分自身に確認するようにして繰り返し深くうなずいた。

「そうだよ、わたしも諦めないよ、なんにも諦めない。特になにか頑張ってるわけではないけど、諦めないよ」

 そう言ってミスキーガールが誇らしく微笑んで見せる視線を、私はじっと見つめ返して、しっかり応えるように笑い返してみせたのだった。

 Misskeyには幸せになってもらいたい人が沢山いる。私はそんなMisskeyの役に立てるようなひとではないかもしれないけれど、せめても誰かに幸せを祈ってもらえるようなミスキストになれたらいいなと思う。

 日没とともに店舗に設置された照明がテラス席を照らして、熱いダジャレ合戦を繰り広げる客たちの首筋を冷たく夜風が撫でるころ、NERVの速報トゥートがノーベル賞受賞者に日本人が選ばれたことを報じて、私はお替りの抹茶ラテを頼むのだった。
#カフェテラスMisskeyio #フェディバーシティ・コネクション #MisskeyWorld
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CW: #ミっちゃん不破ちゃん現象ちゃん #リアクションシューティングガール それは少し贅沢なアップルパイ

「あ! グチコボ・スミスのアップルパイじゃん!」

 紙袋のロゴを目にした途端に現象ちゃんが目を輝かせたものだから、雑賀朔ちゃんはホッとしたように表情を緩めたのだった。

「そうなんですよ、ミスキーガールさんから現象さんがハマってるって聞いたんで」

 ツインテールのピンク髪の頭から小さなテンガロンハットの髪飾りを取って、雑賀朔ちゃんは玄関でグチコボ・スミスの紙袋を掲げる。現象ちゃんは金髪のツインテールをもしゃもしゃ掻き乱して喜びを露わにする。

「メチャクチャ美味いよねここのアップルパイ! あでも、わたしホール丸ごと食べちゃうからな」

「そう聞いてたんでホールで二個買ってきてあります」

「え! マジで! ありがとう!」

 わたしと同学年の現象ちゃんが、ずっと若い十代の雑賀朔ちゃんに手玉に取られるように喜んでいる。微笑ましいけれど、わたしはどうしても雑賀朔ちゃんのお財布事情が気になった。

 アップルパイを二ホールも買って来たこと、そして、Misskey.ioの街が見渡せる近郊の丘にわたしが建てたこのレジデンスまで、雑賀朔ちゃんがタクシーで来たこと。Fediverseに現れる「街」には自動運転のロボットタクシーが普及しているから、ひとりで来るのは易しいことだけれど、それは支払いができるひとの話であって――。

「ちょっと、ごめんね。すこし訊きたいんだけど朔ちゃん」

 紙袋を受け取ろうとする現象ちゃんを遮って、わたしは雑賀朔ちゃんの顔をじっと見る。

「はい?」

 目を丸くする雑賀朔ちゃんに、わたしは部屋の奥へ手招きしながら言う。

「入って、こっちへ。現象ちゃんまだ食べちゃ駄目だよ」

「え? はい」

 不安そうな雑賀朔ちゃんと不服そうな現象ちゃんを、私はエントランスの廊下からダイニングへと招いて、テーブルに座らせた。

 ルームメイトの現象ちゃんと不破ちゃんとわたしでは広すぎるけれど、ホームパーティーになると少し手狭なテーブル。その真ん中にグチコボ・スミスの紙袋を置いて、わたしはテーブルを挟んだ向かいの雑賀朔ちゃんに問い詰めた。

「朔ちゃん、このアップルパイのお金、自分のお金?」

 私の質問に、雑賀朔ちゃんは眉根をひそめて上目遣いに首を傾げる。

「わたし、疑われてます?」

「少し心配になったから。グチコボ・スミスはすごく美味しいけれど、あなたぐらいの年頃の子がホールを二つも買って、大人に手見上げにするにはかなり高額だよ? 親御さんからのお遣いでもないとしたら、やっぱりどこからそんなお金を手にしたのかなって、気になるでしょう」

 わたしの語気がかなり強かったのか、現象ちゃんが眉間に皺を寄せてわたしに言う。

「ミっちゃん、それさすがにお節介が過ぎないか?」

「現象ちゃん、あなた十代の子が高いプレゼント持ってきても何の疑問もなく受け取れるの?」

 わたしの反論に、現象ちゃんはゆっくりと首を振ったあと、わたしを真っすぐ見据える。

「でもそれとこれとは話が別だろ? 法に触れてない限り本人がどうやって稼いでるかなんて訊くのはプライバシーの侵害じゃん。それとも雑賀ちゃんが法に触れてる前提で話してんの、ミっちゃんは?」

 現象ちゃんの鋭い目つきからわたしは視線を逸らさずに向かい合う。横で雑賀朔ちゃんが戸惑っているのが息遣いで分かる。

 そんな緊張が張り詰めたダイニングに、長身の人影が俯きかげんで姿を現す。オールバックの毛先をパープルに染めた色黒の女性は、現象ちゃんと同じ、わたしの家に住むルームメイト、不破なす子。

「あのー、ミっちゃんごめん、話の途中で」

 いつもならモデル然として自信たっぷりに若い子の前に現れるのに、今日はなんだか申し訳なさそうに現れ、わたしに向かって言う。

「うちの『師匠』を救ってくれたんだよ、朔ちゃん」

 不破ちゃんは自身が専属モデルの契約を結んでいるアパレルブランド「NSFW」のデザイナー兼CEOのことを「師匠」と呼んでいる。不破ちゃんが十代のころからお世話になっている「命の恩人」なのだという。

「なんかね、うちの師匠、.ioの街のビルの上で『ためらってた』んだって、ある夜に。それを偶然見つけた朔ちゃんが師匠にリアクションを『撃ち込んだ』んだって、ね?」

 不破ちゃんがさわやかな笑顔で視線を送ると、雑賀朔ちゃんはブンブン音がしそうなほどうなずいた。

「どんなカスタム絵文字?」

 現象ちゃんが訊くと、答えたのは雑賀朔ちゃんだった。

「たしか【ハグ】の絵文字でした、.ioのカスタム絵文字じゃなくて、共通のやつです」

 その言葉に不破ちゃんが続ける。

「師匠、嬉しくて泣いちゃったって。あのひと、あんまりそういうとこ人に見せないからさ。師匠の気持ちが沈んでいるときに、勇気をもってリアクションしてくれる人がいたってことが、本当にありがたかったんだって」

 だんだん「見えてきた」ような気がして、わたしは不破ちゃんに訊く。

「それで、朔ちゃんに?」

 不破ちゃんは深くうなずく。

「『お小遣い』をね、すこしあげたって。たぶんそのおカネでしょ? 朔ちゃん」

 不破ちゃんの微笑みに、雑賀朔ちゃんはニッコリ笑って頭を下げる。

「はい。ありがとうございます」

 その光景に、わたしは自分の性急な正義感を恥ずかしく思った。

「それは……わたしが御免なさいだ」

 わたしはテーブルの横を回って雑賀朔ちゃんの横に立ち、深く頭を下げた。

「朔ちゃん、本当に申し訳ありません。あなたを誤解してました」

 雑賀朔ちゃんは椅子から立ち上がって、わたしの手を取って顔を起こしてくれた。

「いいんですいいんです! やめてくださいそんな、ミスキーガールさんのご心配も当然ですし。……ちょっと怖かったけど」

 朗らかな笑顔で雑賀朔ちゃんが手を握ってくれるのを、わたしはしっかり握り返して、精いっぱいの申し訳なさで、言う。

「仲直りで、いいかな?」

「もちろんです!」

 わたしと雑賀朔ちゃんは互いの手をしっかり握りあって手のひらの体温を確かめた。雑賀朔ちゃんの目も少し潤んでいたし、わたしもちょっと涙目だったかもしれない。

「よし! じゃあ仲直りの印にみんなでグチコボ・スミスだ!」

 紙袋に飛びつく現象ちゃんを、不破ちゃんが呆れながら笑う。

「お前じぶんが食べたいだけじゃんか」

「待って待って、いま美味しいお茶入れるから。朔ちゃん、紅茶でいい?」

 わたしが訊くと、雑賀朔ちゃんは満面の笑みでうなずいた。

「はい!」

 Misskeyのリアクションって支え合いだと思う。こんなに非力なわたしたちが、誰かに優しい言葉を、限りなく邪魔にならない形で送ることができる。責任が軽いと言われてしまうとそれもそうだけれど、それは相手を尊重する距離感って言い換えられるような気がする。
 
 八月の終わり、まだ西日の熱いMisskey.ioの街の夕方が徐々に暮れていく。わたしたちは夕食より先に大切なお茶会を、いまから大切な四人で始める。
#フェディバーシティ・コネクション #MisskeyWorld
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CW: #カフェテラスMisskeyio #リアクションシューティングガール 私と、雑賀朔と、「グチコボ・スミス」での話

 Fediverseの片隅で一人の少女が壮年の狙撃手から受け取った二挺のピストルは、露店で売られるキャンディのように虹色できらきらと輝いていた。その銃口から放たれるのはひとを殺める鉛玉ではなく、ひとの心に優しく溶けてひろがる電子の抱擁――「カスタム絵文字」の弾丸の「リアクション」だった。

 Misskey.ioのサーバーの街は八月の終わりに向かっていたけれど、酷暑の日差しはまるで収まらなかった。ローカルタイムラインの表通りの車道を走るノートの数々に届くリアクションはいま、白々した光が照り付ける歩道から投げ込まれるものは少なく、日陰や屋内に避難したミスキストが打ち込んだリアクションが気泡のように各々の手元の端末から湧いて、表通りのほうにふわふわと飛んで行ってノートの上で弾ける、という様子だった。

 その景色を眺める私の視界に入る風景もいつもとは違う。今日は行きつけのココアが自慢のカフェテラスではなく、アップルパイが看板メニューの「グチコボ・スミス」という店のイートインに入った。そして、普段なら私とテーブルを共にする女性は、ショートボブに丸眼鏡の女性――私が勝手に「ミスキーガール」と呼んでいるひと――なのだが、いま正面に座っているのは、ピンク色の髪をツインテールにまとめて、フリルやリボンが豊かな地雷系の服をまとい、その上から腰にウエスタンのガンベルトを巻いた、十代の女の子だった。

「いただきまーす!」

 ダッチクランブルのアップルパイにフォークを入れるピンク髪の少女は.ioで「雑賀朔」と名乗り、腰に下げたキャンディカラーのリボルバーピストルからカスタム絵文字のリアクションを、タイムラインのノートやミスキストに撃ち込む「リアクションシューター」だ。誰よりも早く、誰よりも相手の心情に寄り添ったリアクションを撃ち込むことを信条に、雑賀朔は日頃からリアクションの「狙撃」に勤しんでいるのだった。

「美味しいかい?」

 私も目の前のイングランドカスタードにフォークを入れながら、雑賀朔に訊く。

「めっちゃ美味いっす。なんか、ご馳走になっちゃって、ありがとうございます」

 口の中のアップルパイを飲み下してそう答え、雑賀朔は頭を下げると、アイスコーヒーをストローでひと口、リップを気にしながら顔を上げ、こちらにニコリと笑ってみせる。私も微笑みを返してアイスコーヒーを飲み干し、そして尾崎放哉の顔をしたメイド服のフロアスタッフを呼んで、コーヒーのお代わりを頼む。

「小林さんはこのお店は初めてですか?」

 雑賀朔の問いに、私は首を振って答える。

「テイクアウトで何回か来たことがある。他の店舗のイートインは入ったことあるけどこの店舗に入ったのは初めて」

 その回答に、雑賀朔はすこし口を結んでから、重ねて訊く。

「『おじさま』は食べたことあるんですかね、ここのアップルパイ」

 私と話すとき、雑賀朔は事あるごとに「おじさま」のことを気にする。雑賀朔にリアクションシューティングの神髄を教授した私の友人の狙撃手はMisskey.ioの街で自らを「リアクションシューター」と名乗って、いまの雑賀朔と同じように、リボルバーとスナイパーライフルで、励ましのリアクションをミスキストたちに「撃ち込んで」いた。

 そんな彼がMisskey.ioからすっかり姿を消したのは、今年の初め頃――新しいアメリカ合衆国大統領が就任したころだった。

「無いと思う。オープンしたころには、『おっさん』はもう海の向こうに行ってたはずだから」

 そう答えると、雑賀朔は少し寂しそうな表情を浮かべて、小さく数回うなずいた。そんな彼女に、私は質問を返す。

「忙しそうかい、彼は」

 リアクションシューターの「おっさん」は、雑賀朔にだけは今も「二人だけのMisskeyサーバー」で会っているのだという。Fediverseの大地では各々のサーバーは街や家の姿をとって人々を迎え入れ、Misskey.ioなどの大きなサーバーは大都会の姿で私たちの前に現れるが、「おっさん」と雑賀朔のサーバーは、「おっさん」の故郷の山小屋の姿を取り、その周りには広大な森林が広がっているという。そのサーバーはFediverseとの連合を全く切っており、アクセスの手段はおっさんと雑賀朔の二人だけの秘密だという。

「精一杯頑張って、いまこんな感じなんだそうです。それと、自分は『元』アメリカ人としてアメリカのために『潜行』しているのであって、日本のためにじゃないからね、って、なんか、釘刺されました」

 雑賀朔はそう言って深い息を吐いたあと、また目の前のアップルパイにフォークを入れる。

「それはまあ、そうなんだろうね」

 応えながら、私は腕組みして、しばらく黙ってしまう。雑賀朔はその間に、アップルパイの最後のひと口を噛みしめて、アイスコーヒーを飲み干す。

「私たちにできることは、なんだろうね」

 私の質問は心から漏れ出すように口からこぼれていたのだと思う。その問いかけに、雑賀朔は窓の外を眺めながら、遠い眼で答えた。

「身近な人を大切にしなさいって言ってました。相互さんにも優しくしなって。今までの生活の大事なことを変えないようにしなって。変えなくても済むように、俺は頑張るからって、おじさまが」

 そのとき、私たちのテーブルの横にメイド服姿の尾崎放哉が現れ、柔らかな表情で私にアイスコーヒーのお代わりを差し出した。私はそのアイスコーヒーのグラスについた水滴を親指で拭いながら、雑賀朔と同じ方向、グチコボ・スミスの窓の外を眺める。

 Misskey.ioのローカルタイムラインの表通りでは、今日も.ioの内外、Fediverseの様々な「日常」が投稿されて、押し寄せるように私たちの目の前を流れていく。そのノートやトゥートの数々が、悲しいものに変わってしまわないように、いま「おっさん」は必死なはずだ。「おっさん」の必死な姿を目の当たりにして、なにも出来ずにいる雑賀朔の「辛抱」を、私は無下にしてはいけない。

 そんなことを考えていると、表通りのビル群の影が私たちのテーブルまで伸びてきて、Misskey.ioの西の空に夕日が沈んでいくのが察せられた。私は雑賀朔を待たせないように、慌てておかわりのアイスコーヒーとアップルパイの残りを頬張るのだった。
#カフェテラスMisskeyio #リアクションシューティングガール #フェディバーシティ・コネクション #MisskeyWorld

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CW: #カフェテラスMisskeyio 私と、さっき終わったばかりの選挙の話
 
 Misskey.ioのローカルタイムラインの表通りはすっかり日が暮れたというのに、歩道を行き交うミスキストたちはどこかへ急ぐ様子もなく、「代理ちゃん」や「うちの子」たちがにこやかに歩いている。そういえば、今日は三連休の中日なのだった。

 表通りに面したカフェテラスで談笑する客たちも今夜はのんびりとしていて、皆それぞれに手にしたタブレットやノートPCでイラストや小説を書きながら冗談を飛ばし合っていた。その表情は「ひとつ用事を済ませた後」の顔に見えた。

 客たちの隙間をぬって、昼間に日陰を作っていたであろうテラス席のそれぞれに差さった傘を、店のフロアスタッフが畳んで片付ける。見上げれば、碧色の夜空にエメラルドの月が浮かんでいるのがはっきりと見えた。

 2025年7月20日午後8時、報道機関やインターネットで参議院選挙の選挙速報が一斉に解禁され、その第一報に私はすこし眩暈を覚えた。たまらなくなって、私は.ioの表通りに繰り出した。まっすぐに行きつけのカフェテラスに向かってテラス席に座り、カフェオレを傍らに腕組みと頬杖を繰り返しながら、スマホの選挙速報を横目で眺めていた。

「なに暗い顔してんだよ、まだ望みが無くなったわけじゃなし。そもそも明るい兆しのある選挙じゃなかったんだから」

 背後からかけられた声に振り向くとそこには、黒髪のソバージュにサングラスをかけた男が意地悪そうに笑って立っていた。私は彼のことを勝手に「個鯖の男」と呼んでいて、その名の通り、.ioの街の外、Fediverseの大地の緑美しい草原に建てられた「Misskey.this」という、洋館の姿のMisskeyサーバーを管理する責任者だった。

「そんな言い方、ないじゃない」

 私は眉間に皺を寄せながらそう言っていたと思う。その言葉に、個鯖の男はビッグシルエットのセットアップの裾を翻しながら、私の前にまわって、テーブルを挟んだ向かいの席に座った。

「反論できるかい? 貴方は」

 フロアスタッフにアイスココアを頼みながら言う個鯖の男に、私は視線を外しながら答える。

「ノーコメントかな」

「賢明だね。作家としては致命的だけど」

 そう笑って、個鯖の男はアイスココアのストローを咥えた。私は間が持たずに、ノートがひっきりなしに流れるローカルタイムラインの表通りのほうに振り向く。LEDの街灯とビル群の大型モニターが煌びやかな表通りの光の下を、「選挙速報見てる」「山田太郎当確」「応援してた候補が当確!」と書き込まれたノートが流れていき、そこに向かって「投票は偉業」「やったね!」「衆議院解散」などのカスタム絵文字のリアクションが投げ込まれていた。

 私は深呼吸をしたあと、腕組みしながらつぶやいた。 

「対応というか、適応していくしかないんだろうけどな」

 私の言葉に、個鯖の男はアイスココアを飲む手を止めて、鼻で嗤った。

「あれだろ? これから日本は、強くて、美しくて、正しくなるんだろ? くだらねえ」

 しゅうまい君の「日本、いったいどうなっちゃうんだ」 というノートが流れて来ると、.ioの内外からリアクションが飛んできて、花火のようにカスタム絵文字が弾けた。そんな様子を私と個鯖の男が見るともなしにぼんやり座っていると、表通りの歩道の向こうから、ショートボブに丸眼鏡の女性が、ヒールを鳴らしながら颯爽とこちらに向かってくるのが見えた。丸眼鏡の女性は私たちの座るテーブルの前に立ってブリッジを指で押し上げたあと、ハンドバッグからスマホを取り出して、言った。

「お疲れ、まだいたんだ」

 私は彼女のことを「ミスキーガール」と勝手に呼んでいる。Aラインのワンピースがボディコンシャスになっても、.ioを思わせるグリーンとホワイトのツートンカラーが美しい装いは、出会ったときから変わらない。

「三連休だからね。そんなこと言ったら、あなたこそなんでこんな時間から来てんの」

 個鯖の男が訊き返すのに、通知を確認していたミスキーガールはスマホをしまって、私たちの間をとるように席に座った。

「どうせ誰かいるかなと思って、たとえばあなた達みたいなのが」

 ミスキーガールがフロアスタッフにアイスカフェラテを頼んで、私たちはまた、選挙の話になる。

「日本の国政選挙が終わりましたが」

 頬杖を突きながら個鯖の男が訊くのに、ミスキーガールは椅子の背にもたれながら答える。

「ね。あーあって感じ」

「あなたも喜べない側のひとだったか」

「当然でしょう? 仮にもMisskey.ioにいるんだから」

 そう言ったあと、ミスキーガールは私のほうに振り向いて訊いた。

「小林はどう思った?」

 彼女の問いに、私は腕組みのまま、首を傾げながら答えていた。

「まだなにかがどうなると決まったわけでもないけれど、正直、よく分からないんだよな、雲行きが。どうしても表現規制の話になるんだけど、作る側としたら、内容とかでどこまで許容されるとか、分からんしさ。見る専の人だって、これからの変化で、単純所持でアウトの物がどういうものがセーフでどれがアウトになってくるかもはっきりしてないしさ。輪郭の分からない、だけどとても大きな不安だけが目の前にあって、ひたすらもどかしくて、怖いんだよな」

 私の言葉に、個鯖の男が舌打ちしたあと、言う。

「まあそもそも、人を傷つけもしていない表現が、許される表現と許されない表現に分けられるというのが、クソなんだけどな」

「……どうなっちまうのかねえ、この先」

 ため息とともに私はそう漏らしていた。すると、ミスキーガールはテーブルに前のめりになって、私と個鯖の男を交互に見ながら言った。

「わたし達はそれでも『想像すること』を止めてはいけないと思う。悪い想像が働いたなら、次はそれを解決する想像力で、乗り越えていくことが必要なんだと思う」

 その言葉に、私も個鯖の男も、深く静かに頷いていた。

「みんなで頑張ろう」

 ミスキーガールが目の前に手の甲を差し出したのに、私も応えて手を伸べる。

「ああ、頑張ろう」

 手を合わせた私とミスキーガールとで、頬杖のままの個鯖の男をじっと見る。

「え、私も?」

「そうだよ、はやく」

 ミスキーガールに急かされて、個鯖の男も渋々手を合わせる。そして、三人で合わせた手で上下にリズムをとってから、掛け声とともに高々と手のひらを挙げたのだった。

「エイ、エイ、オー!」

 本当は、それぞれみんな、怖いのだと思う。だから自分を奮い立たせるのだ。具体的に何を頑張ればいいのかは分からないけれど、それを考えるのもこれからだ。状況は刻一刻と変わる。適応しなければならない。

「とりあえずケーキでも頼むか」

「いいよ、食べよう!」

「二人が食べるんなら、まあ、食べるか」

 三人してケーキを待ちながら、Misskey.ioのローカルタイムラインの表通りを見渡せば、碧色の夜はいっそう更けていき、エメラルドの月が煌々と街を照らすのだった。
#カフェテラスMisskeyio #フェディバーシティ・コネクション #MisskeyWorld
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