CW: 【再掲】#カフェテラスMisskeyio 私と、世の中の「些細なこと」の話
私たちは、ほんとうに一瞬で死んでしまう。突然の自然災害に、不意の交通事故に、給食のアレルギー成分に、理不尽な暴力に。それだけではない、不遇ゆえに自分を死に追いやってしまうことだってたくさんある。受験の失敗に、失恋の痛手に、過酷なハラスメントに、言葉を交わしたことのない推しの自死に際しても。
ただ、軽々と命を落としてしまう人生の裏側には、些細なことで救われ続けている命という人生の真理がある。晴れ渡った朝の瑞々しい空気に、道端で咲いたよく知らない花の息吹に、雨が降りしきって空席ができた電車内に、もう続編を諦めていた推しの新作に。
いつだって命からがら、私たちは辛うじて生きていて、それは奇跡のような偶然を綱渡りしている結果なのだということ。貴方がいま目の当たりにしているタイムラインの投稿の数々も、ひと一人の命を奪うほどの力を持つ一方で、挨拶の一言で貴方を救っていたりするはずだ。
Misskey.ioのローカルタイムラインの表通りには今日もミスキストたちがひしめきあって、各々の手のひらから〈泣きながら応援するブロブ〉〈にゃんぷっぷーのハグ〉〈ひたすらに撫でる手〉などのカスタム絵文字のリアクションを投げ合って「電子の抱擁」をやり取りしている。それはとても愛おしい光景、率直な慈愛に満ちた光景。
表通りに面したカフェテラスで、私はいつものようにカフェオレをテーブルに放ったまま、ローカルタイムラインの騒がしいやり取りを椅子の背にもたれながら眺めている。春の変わりやすい天気を気にしながらも、翠色の空で輝く真珠色の太陽が雲に隠れたり再び現れたりするのを、子供っぽく楽しみにしている。
Misskeyのリアクションという文化は、慈愛と呼ぶにしては軽々しいだろうか、と時々不安に駆られる。しかし、誤解と偏見が交じり合う世界で、人に優しさを施すのが難しい世の中において、リアクションほど気軽に出来る慈愛の表現は、私にとってはありがたいのだった。
「小林?」
後ろから呼びかけられて私は振り向く。そこには、グリーンが鮮やかなボディコンシャスのワンピースも麗しく、ブラウンのショートボブに丸眼鏡の女性が、すこし不安そうな表情で立っていた。
「ああ、こんにちは、ミスキーガール」
私が勝手に呼び始めた「ミスキーガール」という名前を、彼女も今ではすっかり受け入れていて、いつものことのように私のテーブルの向かいの席に座り、カフェオレを注文する。それでもしばらく、ミスキーガールは私の顔を訝しげにのぞき込む。
「どうしたの、私、そんな変な顔してる?」
長い鼻と頭の先にイエローの玉をくっつけた、耳の長いグリーンの肌のエイリアン然としている自覚はあるが、そんなことは以前からミスキーガールも承知済みだし、彼女の疑念はそれではないことぐらい私にも分かっていた。
「なんか、この世の終わりみたいな顔してる」
眉間に皺を寄せながら、ミスキーガールは私にそう告げた。なんだか図星めいていて、私は苦笑いしながらため息を吐く。
「ぜんぜん創作活動できなくってね、文字も絵も」
そう、私のテーブルにはカフェオレ以外にも、キーボードを開いたタブレットが放り出されている。画面に映し出されたテキストエディタのカーソルは、ひと言も書き込まずに点滅している。ミスキーガールは運ばれてきたカフェオレをひと口、すこし首を傾げて私に尋ねる。
「アイデアが浮かばないの?」
「そもそものモチベーションが下がり切っている。どうしたもんかな」
私がそう言って冷めたカフェオレをすすると、ミスキーガールは呆れたふうにして、自分の丸眼鏡のブリッジを指で、クイクイ、と押し上げた。
「老眼鏡、どうしたの?」
言われて私は、ああ、と思い出す。
「最近かけてないな、そういえば」
「かけれって、なにやってんの」
ミスキーガールの語気が低く唸る、私は少し怯んで、慌てて隣の椅子に下ろしていたショルダーバッグを引き寄せる。
「なるほどなるほど、かけましょう」
ショルダーバッグのファスナーを開く。バッグの奥深くに押しやられた眼鏡ケースを探り出し、私は老眼鏡を取り出して、ため息を吐く。
「見た目のジジイに加速がかかるんよな」
私の言葉に、ミスキーガールは鼻で嗤う。
「いまさらだろ。ほらかけて」
言われるままに、私は老眼鏡をかけて、タブレットとキーボードを目の前に引き寄せる。
「そう、それでもう一度、集中」
ミスキーガールは腕組みして私をじっと見つめる。彼女の視線のもとで、私はテキストエディタのカーソルに集中する。老眼鏡によって輪郭が際立ったタブレットの画面、遠ざかったローカルタイムラインの表通りの風景、それでも確実に感じられる、Misskey.ioの街の鼓動。
キーボードが再びタイプ音を刻み始める。私は文字を組み立てていく。厳しい表情で腕組みしていたミスキーガールは、次第に姿勢を崩して、頬杖をついて穏やかな顔吐くになっていく。
そうやって、Misskey.ioの街のカフェテラスに射す陽射しは徐々に傾いて、西の空に夕焼けが広がっていくのだった。
Misskeyがあるからここにいる、Misskeyがあったから生きていられた。私を生かしてくれていたのはかつてTwitterだったかもしれないけれど、Twitterはもうない。TwitterがXになったことは誰かにとっては些細なことかもしれないけれど、私にとっては命にかかわることだった。それも今や昔の話、いまはここ、Misskeyにいる。
私たちはいまこの瞬間も命を救われている。些細なことの積み重なりで生きている。
#カフェテラスMisskeyio #フェディバーシティ・コネクション #MisskeyWorld